『わかりやすさの罪』武田砂鉄著 単純・即決に警鐘

 長年わかりやすい文章を書くよう心がけてきた者にとっては、正面から袈裟斬りされるようなタイトルだが、読んだら袈裟斬りどころか前後左右から滅多斬りにされた。世間でもてはやされる手短な説明や簡略化、横行する安直な理解や決めつけが、切れ味鋭い分析で一つ一つ断罪されていく。

 賛成と反対の二択以外に選択肢がないアンケート、1冊の本を3000字に要約するサービス、パッと見て即笑えるテレビのお笑い、「4回泣けます」という映画のコピー、物語に伏線の回収や悪者を求める受け手、シンプルな暴言で支持を集める政治家……。

 本書の面白みは、まずこの題材の一貫性のなさ、と言って悪ければ、硬軟自在の多彩さにある。NHKの放送基準からAmazonレビューまで。ベルクソンからダンディ坂野まで。 “Mr.わかりやすさ”池上彰には「あまりこちらの理解を軽視しないでほしい」と峰打ちを食らわせている。

 これに「人の心などわかるはずがない」(河合隼雄)、「テレビはわからなさを残したほうがいい」(タモリ)、「わかりにくさを描くことの先に知は芽生える」(是枝裕和)といった寸言を対置させ、理解に手間取る複雑な事態や、判断できない宙吊り状態、意味不明なものに不安を抱くあまり、単純・即決に流れる世の風潮に警鐘を鳴らす。

 以上、本書を簡潔に紹介したつもりだが、著者自身が「おわりに」で本書の主張を要約しているので引用しよう。

「この本を通じて書いてきたことは、万事は複雑であるのだし、自分の頭の中も複雑な作りをしているのだから、その複雑な状態を早々に手放すように促し、わかりやすく考えてみようよと強制してくる動きに搦め捕られないようにしよう、であった」

 おお、わかりやすい。

(朝日新聞出版 1600円+税)=片岡義博

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