原爆75年「あまりに重い歳月」 新潟県内でも追悼の集い

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原爆犠牲者追悼式であいさつをする県原爆被害者の会の西山謙介事務局長=6日、新潟市役所
核兵器廃絶を願って風船を飛ばした県平和の波行動実行委員会のメンバーら=6日、新潟市中央区

 広島への原爆投下から75年となった6日、新潟県内でも犠牲者を追悼する式典や集いが各地であった。新潟市役所前では県原爆被害者の会など3団体が追悼式を開いた。被爆者の高齢化により、被害者の会は本年度末で活動を終える。主催者としては最後の追悼式となり、「苦渋の選択」と無念さをにじませた。また、若者らは被爆体験を聞いたり、平和を考える集いに参加したりして、非戦や平和を追求する思いを受け継ごうとしていた。

 原爆が投下された午前8時15分に合わせ、新潟市役所前では市民ら約150人が黙とうをささげた。

 被害者の会事務局長で被爆2世の西山謙介さん(72)は会の活動停止について報告。県内の被爆者は73人で平均年齢84.4歳。「75年の歳月はあまりに重い。あらがうことのできない現実を受け止めた」と一瞬声を詰まらせ、支援者へ感謝を述べた。

 今年は新型ウイルスの影響で、被爆の実相を学ぶ機会が縮小された。新潟市北区の敬和学園高は毎年8月6日前後に広島市を訪れ、被爆について学んできたが、今年は断念。3年生13人はこの日、インターネットを使ったビデオ会議システムで、爆心地から約1.2キロの親戚宅で被爆した古家美智子さん(78)=東広島市=の証言を聞いた。

 古家さんは自身の体に爆風でガラス片が突き刺さったことなどを語り、「若い世代には世界情勢や政治にも関心を持ち、核のない世界を実現してほしい」と訴えた。

 同高の女子生徒(17)は「被爆者をこれ以上出したくないという思いを感じた。しっかり学んで、次の世代にも伝えたい」と語った。

 例年、市役所で平和の集いを開いている市民グループ「灯(あかり)の会」は、感染防止のため、新潟市中央区でメンバーらだけで集まった。被爆者の手記集編集に携わった人の話や、平和を願う詩の朗読を聞いた。新潟市西区の大学1年生(19)は「いじめや貧困がないことも平和だと思う。若者同士で考えたい」と力を込めた。

 また、ヒバクシャ国際署名県連絡会などでつくる県平和の波行動実行委員会は、県内各地で核兵器廃絶を訴える署名活動を実施。願いを込めた風船を飛ばした。

 署名した新潟市東区の専門学校生(18)は「これから社会に出る私たちが戦争の悲惨さをしっかり理解しなければいけない」と話した。