夫の遺志継ぎ再開へ 昭和漫画館「青虫」の高野さん

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亡き夫の遺志を継ぎ、漫画館再開にこぎ着けた慶子さん

 亡き夫との約束を果たしたい-。館長の高野行央さんが今年一月に七十歳で亡くなって以降閉館していた只見町の昭和漫画館「青虫」。遺志を継いだ妻慶子さん(67)は悲しみを乗り越え、再開へ一歩を踏み出した。七、八の両日には只見町民限定の感謝デーを催し、同館を無料開放する。将来的には一般向けにも再開したい考えだ。

 青虫は二〇〇六(平成十八)年に横浜市で会社員をしていた行央さんが開設した。戦後の漫画本約二万冊が閲覧できる国内でも珍しい私設の漫画館。自宅で保管できなくなり、只見町でかつて教会だった木造の建物を取得し、蔵書を持ち込んだのが始まりだ。二〇一七年度には高野さんが貴重な資料を収集し施設を運営してきたことが評価され、文化庁メディア芸術祭功労賞を受けた。

 「もし僕がいなくなったら(青虫は)どうする?」

 「すぐにはやめないで、私にできる範囲で続けたいわ」

 「無理しなくてもいいよ」

 慶子さんは、膵臓(すいぞう)がんを患っていた行央さんが亡くなる直前、青虫の行方について会話を交わしていた。妻の負担にならないように配慮しながらも、できる範囲で漫画館を存続してもらいたいという気持ちをくみ取った。死後、半年ほど悲しみに暮れていた慶子さんだったが、町内外の知人からの励ましや再開を求める声に後押しされ、亡き夫との約束を果たそうと七月から動きだした。

 行央さんと生前、交流があった「まんだらけ」(本社・東京都中野区)の辻中雄二郎副社長らがボランティアで何度も足を運び、作業を手伝ってくれた。

 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で全国各地からのファンの訪問はしばらく控えてもらう予定だが、将来的には一般の人向けにも利用を再開したいと思っている。

 「誰よりも青虫で漫画に囲まれているのが好きだった人。笑顔で私の準備作業を見守ってくれている感じがする」。慶子さんは充実感を漂わせながら笑顔を見せた。

 感謝デーは両日とも正午から午後五時まで。