地下鉄で、パリ中心部にあるルーブル美術館へ向かった。ロックダウン(都市封鎖)が解除されて、およそ4カ月ぶりに見学を再開したからだ。最寄りの駅を降り、地上に出て驚いた。自動車が一台も通っていない道路のど真ん中をさっそうと走っていたのが自転車だったのだ。パリでは自転車専用道が急激に増えている。(パリ在住ジャーナリスト、共同通信特約=今井りさ)
▽「100%自転車」
「うちの近所の××通りでも、自転車専用レーンができた」
「あの道路でも自動車の通行が廃止になった」
「自転車専用レーンが本当に増えたね」
最近、友人とこのような会話で盛り上がることが多くなった。
変化の背景にはパリのアンヌ・イダルゴ市長が強力に推し進めている政策がある。
イダルゴ市長は、自動車の通行量を大幅に減らして自転車を交通手段の中心に据えた街をつくろうとしているのだ。「パリのすべての通りで、危険を感じることなく、どこでも自転車に乗ることができるようにしなければなりません。ええ、そうです。『100%自転車』です」と6月18日、ニュース専門テレビ局の「フランス・アンフォ」で語った。
温暖化防止の観点からも理想的な政策と言える。だが、そんなことが可能なのだろうか。
パリ市民が一度に移動する距離を調べた調査によると、「5キロ以下」が4分の3を占めているという。信号待ちなどを考慮すると、自転車の平均速度は時速15キロ程度とされる。5キロなら20分ということになる。自転車への転換は十分に実現できると言えそうだ。
イダルゴ市長は手始めに、パリ中心の有名通りで自動車の通行を原則、禁止した。具体的にはセーヌ川と平行するようにコンコルド広場からバスティーユ広場まで走るリボリ通りとサンタントワーヌ通りだ。4キロ足らずの沿道にはルーブル美術館やパリ市庁舎などが立ち並んでいる。ここを自転車と歩行者の専用道路に変えた。自身の政策をアピールするにはぴったりと言える。
ただ、例外はある。バスやタクシー、緊急車両、許可された配送車などは道路端に設けられた専用レーンを走行することができる。とはいえ、時々走っている程度だ。
コンコルド広場につながるシャンゼリゼ通りでも、新たに2本の自転車専用レーンが整備された。観光客が戻ってきた時には、自転車で目抜き通りを走り抜けるのが新しいパリの楽しみ方になるに違いない。
▽利用者、倍に
このようになった最大の原因としては「コロナ禍」による意識の変化が挙げられる。
パリっ子たちは「閉じ込められた地下鉄にマスクをつけて乗るなんて、本当に嫌だ」という気持ちになった。ロックダウンが5月11日に解除されると、翌日には11万5000台の自転車がパリを走っていた。ロックダウン前は1日平均で約10万台だったので、15%近く増えたことになる。
リボリ通りは通勤時ともなると自転車の群れで混雑するようになっている。自動車の通行を禁止する前は1日当たり4500人だった自転車通行者が9400人に増えたという調査結果もある。新型コロナウイルスによって出現した、最も新しいパリの光景だ。
気持ちのよい青空が広がる季節には、外の空気を吸ってペダルをこぐほうが、地下鉄よりも断然気持ちがよい。封じ込めでたまったストレスも晴れるというものだ。地下鉄の「密」を避けるという新型コロナウイルスの感染防止策にもかなっている。
さらに、自動車が減ったことで空気がきれいになっている。ルーブル美術館の道路に面した壁などは排ガスで黒くすすけている。これからはきれいさを保てるようになってほしいものだ。
▽専用道路網も整備
筆者にはひそかな将来の夢、というより野望と言えるものがある。それは「ユーロベロ」を全制覇することだ。
ユーロベロとは、ヨーロッパ全土をつなぐ自転車専用の道路網。42カ国を結ぶ16の長距離ルートで構成されていて完成時には全長約9万キロにもなる。札幌市から鹿児島市までの道路距離は約2500キロなので、いかに長いかが分かる。
現在は半分強の5万キロについて工事が終了している。それでも、まだ4万キロ残っている。全体が完成するのはかなり先となることは確実といえる。
野望実現の足慣らしとして、地元のパリを拠点に始めるのが良さそうだ。パリ郊外を含めた地域の主要な町を、九つの自転車ルートで結ぶ計画があるのだ。郊外を探索するのに面白いに違いない。
外出制限などですっかりコロナ太りしてしまった。自転車をせっせとこいで体を引き締めることにしよう。