【高校野球】独自大会が可能にした“全員野球” 名門帝京復活に見た高校野球の新たな形

延長11回サヨナラ勝ちで9年ぶりに東東京大会を制した帝京ナイン【写真:荒川祐史】

サヨナラ打でを放った新垣が語る「ベンチを外れた3年生の思いを持って…」

2020年夏季東西東京都高等学校野球大会の東東京大会の決勝戦が8日、大田スタジアムで行われ、帝京が延長11回サヨナラ勝利で関東一を3-2で下し、2011年以来、9年ぶり13回目の頂点に立った。

1点を追う9回1死、4番で主将の加田拓哉が四球で出塁すると、球場の雰囲気がガラリと変わる。続く5番・新垣煕博のところで前田三夫監督は、すかさずエンドランのサインを出した。

「ここでエンドランかと思いました。さすが前田監督だなと…」

新垣は指揮官の意図をくみ取り、覚悟を決めた。バットを振り抜くと、打球は左前へ転がった。見事に決め、1死一、三塁のチャンスを作ると、6番・武藤闘夢には今度は初球スクイズのサイン。それを確実に決め、土壇場で試合を振り出しに戻した。執念の采配に、ナインが応えてみせた。

そしてドラマは11回裏に待っていた。帝京の先頭の尾瀬雄大が二塁への内野安打で出塁。ヘッドスライディングの気迫に、帝京スタンドからは大きな拍手が巻き起こった。球場で感じた一体感。勝ち越しへの機運は高まった。

3番・小松涼馬が送りバントで1死二塁。4番・加田は申告敬遠で歩かされると、またも新垣に打席がまわってきた。

「自分が決めるんだと思いました。ベンチを外れた3年生の思いも背負って打席に入りました」

2年半の思いをバットに込めた。「芯に当たったので、風もあったけど、いくかなと思った」と、金属音が青空に響いた。関東一高・3番手の市川祐投手の3球目の直球を捉えた当たりは、9年ぶりの優勝を決めるサヨナラ打。帝京ナインは喜びを爆発させ、ベンチから飛び出しハイタッチを交わした。

独自大会だからできた3年生全員出場

この日、3安打の活躍を見せた新垣は、「(甲子園)中止の報道があって士気はだいぶ下がった」が、前田監督に「秋は(東京大会)準優勝だった。夏負けたら、その準優勝も消えるぞ」と言われ、目が覚めたという。「優勝してやろうという気持ちになった」と奮起し、練習に取り組んだ。「監督さんにはずっと試合で使ってもらった。恩返しができたと思う」と指揮官への感謝を口にした。

今大会は特別ルールで毎試合登録メンバーを変更できる。監督は「3年生を2回戦の初戦で全部で出させてあげたの大きかったですね。スタンド(の応援)に戻った3年生もいますが、最後まで一生懸命やってくれました」と、選手全員でつかみ取った優勝に感慨深げだった。新垣も「バッティングピッチャー、道具の片づけから準備までやってもらった。感謝の一言です」とベンチを外れた同級生への労いの言葉も忘れなかった。

かつては甲子園の常連も近年は出場できておらず、名門の復活を予感させる戦いぶり。独自大会だからできた、3年生部員全員の夏の大会の出場という形。チーム力がアップしたのは紛れもない事実。高校野球が新しい局面を
迎えるきっかけになるのかもしれない。

10日に行われる東西決戦については、「相手(東海大菅生)もチーム状態いいのでね、リズムよくうちのペースでやれたらいいなと思う」と語った前田監督。東西決戦に勝利し、9年ぶりに頂点に立った今年のチームで有終の美で飾る。(上野明洸 / Akihiro Ueno)

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