県内でも原爆犠牲者追悼 伊万里商業、鹿島小で慰霊祭

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慰霊碑の前で平和への誓いを述べる在校生代表の筒井智士さん=伊万里商業・実業高校

 長崎への原爆投下から75年目の「原爆の日」を迎えた9日、県内でも慰霊祭が開かれた。学徒動員の生徒が犠牲になった高校や、被爆者の救護所となった小学校で、関係者が鎮魂の祈りをささげ、平和への誓いを新たにした。

 学徒動員先の長崎市で生徒13人が犠牲になった伊万里商・実高(当時は伊万里商業学校)では、原爆が投下された午前11時2分、学校関係者が慰霊碑の前で黙とうした。

 式典で深町俊善校長(56)が「犠牲者の声なき声、果たせなかった夢への思いを胸に、次世代の若者に原爆の恐ろしさ、平和の尊さを伝えていきたい」と述べ、在校生代表の筒井智士さん(18)は「志半ばで命を落とされた先輩方の魂が安らかになるような世の中を築いていく」と誓った。

 75年前、長崎市の兵器工場に動員された生徒は、犠牲者を含む約80人が被爆した。慰霊祭は同級生が中心となり行ってきたが、近年は参列者が減り、一昨年から学校が主催している。今年は新型コロナウイルスの感染防止のため、同級生や遺族は参加を控えた。(青木宏文)

 被爆した人たちの救護所となった鹿島市の鹿島小では9日、慰霊祭があった。鹿島市原爆被爆者の会(木原繁義会長、24人)の会員など6人が出席し、投下時刻に合わせて黙とうをささげた。

 75年前に佐賀県の要請で救護所となった鹿島小。地域住民らが長崎から逃れてきた被爆者の手当を尽くした。木原会長(82)は「原爆のことを、私たちの力だけで継承していくことが難しくなっている。風化しないよう、行政にもお願いして市全体に浸透していけば」と語った。被爆者の会は2011年に同校に「平和継承之碑」を建立して以降、毎年碑の前で慰霊祭を行っている。(中島幸毅)

鹿島市原爆被爆者の会による慰霊祭。犠牲者のため、黙とうささげた=鹿島市の鹿島小