ボブ・ディラン『ラフ&ロウディ・ウェイズ』リーダーを失ったアメリカそして混乱した世界を憂う歌

 『テンペスト』以来8年ぶりのオリジナル・アルバムです。15年以降はフランク・シナトラが愛唱したスタンダード曲のカバー作品でアメリカ音楽のロマンティシズムを再評価してきた彼。新曲によるオリジナル・アルバムはもう出さないのかと思われていたのですが、このタイミングでのリリースの理由は、然るべきリーダーを失ったアメリカそして混乱した世界の姿を見かねたからではないでしょうか。

 ケネディ大統領、キング牧師の暗殺、アメリカの民主主義と自由が危機に瀕したあの時代に匹敵する現代の危機を憂います。今回も独特の隠喩と様々な固有名詞を使い、その奥にある真実を伝える形(吟遊詩人が愚かな権力者を風刺する手法)で聴き手に解釈を任せます。ハイライトはケネディ大統領暗殺事件がテーマの17分弱に及ぶ「最も卑劣な殺人」。凶弾に撃たれたケネディがDJのウルフマン・ジャックに死ぬ前に聴きたい曲をリクエストするという形で、若きリーダーは消えても自由の精神が生んだアメリカの文化は永遠であることを表現しているのです。

(ソニー・ミュージック・3000円+税)=北澤孝

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