ワクチン開発最前線、コロナ制圧のこれから

167種類が競う現状、「3つの泣きどころ」は解決するか

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星良孝

ステラ・メディックス代表取締役/編集者 獣医師

星良孝

ステラ・メディックス代表取締役/編集者 獣医師

東京大学農学部獣医学課程を卒業後、日本経済新聞社グループの日経 BP において「日経メディカル」「日経バイオテク」「日経ビジネス」の編集者、記者を務めた後、医療ポータルサイト最大手のエムスリーなどを経て、2017 年に会社設立。獣医師。

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 新型コロナウイルスに対するワクチン(以下、新型コロナワクチン)は、世界で167種類が実用化に向けて動いている。世界保健機関(WHO)のデータによると、8月10日の時点で、世界で人を対象とした臨床試験に入っているワクチン候補は28種類。臨床試験の前段階にあるものは139種類。この1カ月ほどで臨床試験に新たに11種類が移行した。

 筆者は7月の頭に獣医師資格を持つ立場から、最新の研究も踏まえつつ「3つの「泣きどころ」として新型コロナワクチンの課題を指摘し、大きな反響をいただいた。それからわずか1カ月程度しか経ってはいないものの、世界中から新たな研究が報告されている。そこで、そうした最新研究も踏まえて、ワクチン完成が目前になっている中で、3つの泣きどころの解決、さらなる課題について考察していく。(ステラ・メディックス代表取締役、編集者、獣医師=星良孝)

米モデルナが開発中の新型コロナウイルス感染症のワクチン(AP=共同)

 ▽日本は1億人分を超えるワクチン確保へ

 日本は1億人分を超えるワクチンを確保する方向での交渉が進んでいる。

 現在、臨床試験の最終段階フェーズ3でトップを走っているのは、英国オックスフォード大学とアストラゼネカのグループだ。さらに、同じフェーズ3の段階に進むところとしては、中国のシノバックを中心としたグループ、米国モデルナのグループ、ファイザーのグループが並ぶ。この後ろを追う形で、日本の大阪大学発ベンチャー、アンジェスなど最終段階手前の臨床試験を進める。

 これらの先頭集団に対しては世界各国がアプローチして自国のワクチン確保の交渉を進めているが、日本政府も例外ではなくワクチン確保を進めている。公開されている情報に基づけば前述の通り日本が確保するワクチンは既に1億2千万人分を超える。

英製薬大手アストラゼネカのロゴ(ロイター=共同)

 トップを走るアストラゼネカは6月に、ワクチン供給の協議を日本と進めると発表している。報道によると同社トップが明かした日本への供給分は5千万人分(1億回分程度、1人当たり2回接種)の方向だったが、8月7日にアストラゼネカは日本政府と基本合意書を締結し、2021年初頭より1億2千万回分(1人当たり2回接種として6千万人分)のワクチン供給を可能にする体制を構えると発表した。ファイザーのグループも7月31日に日本に対して6千万人分(1億2千万回分、1人当たり2回接種として6千万人分)の供給を行うと発表。ジョンソン・エンド・ジョンソンのグループも日本に対するワクチン供給に向けて臨床試験を進めると発表している。これらを合わせると1億2千万人分を超える見通しといえる。

ロシアの研究所が開発した新型コロナウイルス感染症のワクチン=7月31日(タス=共同)

 ▽批判を受けたロシア

 新型コロナワクチンは初めて世に出る医薬品であり、取り扱いは慎重にする必要がある。ロシアのガマレヤ研究所は初期段階の臨床試験を進める一方で、10月にも一般へのワクチン接種に踏み切ると報じられ、国際的な批判が持ち上がっている。

 8月11日、ロシアがワクチンに使用認可を出したことが世界で報じられた。ワクチンは単に接種すれば「安全、有効性は盤石で、ウイルスから身も守ることができると考えるのは早計ではないか」と、国際的にも見られているだ。ロシアへの批判は、裏を返せば、ワクチンは「安全で有効だと確かには言えない段階である」という事実を示しているとも言える。

 以前に筆者が3つの泣きどころとしてまとめたのは、まず1つは、免疫反応のターゲットの問題だった。現在、開発されるワクチンの多くは、いが栗のような形をした新型コロナウイルスのトゲに当たる「スパイクタンパク質」という部品を狙って免疫反応を起こすように設計されている。実はターゲットには、スパイクタンパク質以外にも、Nタンパク質やMタンパク質などがあり、開発の余地がまだまだ広いという指摘があるのだ。この点については、開発中のワクチンの中でも先頭を走るものでは解決するのは難しい。第一陣のワクチンがうまくいかなければ、この点については引き続いて研究開発を進めなくてはならない。

 さらに、ワクチンの「運び屋の問題」についても指摘した。免疫反応を引き出すワクチンは、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質などを、「ベクター」などと呼ばれる運び屋を使って体内に送り込む。先頭集団のアストラゼネカのワクチンでは、アデノウイルスが使われるのだが、これ自体に体が拒絶反応を示す可能性が指摘されている。

 この点については、運び屋としてアデノウイルス以外を採用しているところもある。ファイザーは「RNA」と呼ばれる違った形でワクチンを作っている。新しい運び屋の採用は、アデノウイルスがダメだったときの代替策になるので頼もしい存在だと言える。日本のアンジェスも、以前の記事で紹介したが、「DNA」という別の運び屋を使うので、これも第3の道として有望と考えられる。

 さらに以前の記事で触れた「抗体依存性免疫応答(ADE)」と呼ばれている問題だ。ウイルスに対抗するための「抗体」が作られることで、かえってウイルスの感染による影響が強く出てしまう困った現象となる。火に油を注ぐような形だ。

 本来であれば、抗体がウイルスに付着することで感染を防ぐことができるのだが、ウイルスに付着した抗体が目印のように働き、ウイルス感染が白血球に引き起こされてしまう。これによって感染が広がってしまうのだ。この7月、感染症を専門とする米国企業ウィル・バイオテクノロジーの研究グループが著名科学誌の英『ネイチャー』にADEの問題について総説を発表し、「備えとして測定、分析が重要になる」とADEへの警戒が必要であると説明した。ADEの問題も解決されたとは言えない状況といっていいだろう。

 ▽ワクチンの効果は「二刀流」

 ワクチン接種がウイルスを寄せ付けない効果を示せるかについても研究の進展が見られている。

 よい面としては、この7月に、米国コロンビア大学などの研究グループが、英『ネイチャー』でウイルス押さえ込みに有効な抗体が存在することを報告している。このグループは、新型コロナウイルス感染症の重症患者から61種類の抗体を見つけ出し、このうち19種類の抗体が新型コロナウイルスを押さえ込む能力を持つことを確認した。前述のように、抗体にはADEを起こす懸念もある中で、抗体がウイルスに効果を示す研究はワクチン開発には明るいニュースになる。

米国立衛生研究所が臨床試験を始めた、新型コロナウイルスのワクチン投与を受ける女性=3月、ワシントン州シアトル(AP=共同)

 ワクチン接種をすることで、このようなウイルスに効果的な抗体をうまく引き出すことができれば、ウイルスを迎え撃つために十分な効果を発揮する可能性がある。

 一方で、抗体の悪い面も見えてきている。英国キングス・カレッジ・ロンドンの研究グループが、研究結果の草稿を先行して公開したのだが、新型コロナウイルスに感染した後に生じる抗体が1カ月ほどで低下してしまうという研究により示したのだ。せっかくウイルスへの抵抗力を身につけても、その力が持続しなければ、元も子もない。ワクチン接種によってできた抗体も同じように消えてしまうとすると、再び感染する恐れもある。

 そんな中で、急速に注目を集めるようになっているのが、「T細胞」と呼ばれる免疫細胞の役割だ。これは以前の記事でも触れているが、免疫には、遠隔攻撃を担う「抗体」とは別に、近接攻撃を担っている「T細胞」のような細胞による免疫がある。例えば、「キラーT細胞」と呼ばれる細胞は、ウイルスに感染した細胞を殺す働きをしている。ワクチン接種の効果を考える上でも、この細胞による免疫が重要という考え方が強まっており、特に注目されているのが「T細胞」の役割だ。

 7月、英国インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究グループは、免疫の著名誌である米『サイエンスイミュノロジー』で「感染症の全貌が見えるほどにT細胞のデータが必要とはっきりしてきた」と細胞による免疫により注目していく必要があると強調した。

 免疫は、短期で消える恐れも指摘された抗体とは異なり、10年以上も長持ちすることが研究から示されるようになっている。7月に『ネイチャー』でシンガポールの研究グループが、新型コロナウイルス感染症になって回復した人のほか、2002年に発生したSARSにかかって回復した人、健康な人を対象に、新型コロナウイルスに抵抗力を持ったT細胞の存在を検査して結果を報告した。驚くことに、新型コロナウイルス感染症からの回復者ばかりではなく、SARSからの回復者、健康な人のいずれにも新型コロナウイルスに抵抗力を持つT細胞が確認された。SARSからの回復者については17年近くもT細胞が保たれていたことになるほか、健康な人にいたってはなぜ保有しているのかが新しい謎になった。

 研究グループは、風邪の原因にもなるコロナウイルスの共通部分に反応したT細胞が新型コロナウイルスにも抵抗力を示す可能性を指摘。「交差免疫」の存在を疑っている。

 いずれにせよ抗体とは違って、T細胞による新型コロナウイルスへの免疫の力が重要と見なされる背景には、こうした持続力も関係している。ADEのような問題につながりづらいことも、予防効果を安全に発揮させるためには重要になる。

 もっとも、T細胞も本当にウイルス感染の予防にとって悪い点がないのか点検することも大切だ。重症患者でむしろT細胞の増加も認められるなど、病気にマイナスに働く可能性もあり、過信は禁物であるからだ。

 新型コロナウイルスに対する免疫を考えるときには「抗体」と「T細胞」の二刀流で構えるような考え方が求められると言ってもいいかもしれない。

 冒頭のように167種類のワクチンが開発されているが、一口にワクチンといっても、引き出される免疫の特徴はそれぞれに異なる。開発中のワクチンの中でどれが有望であるのか、こうした研究について知っておくと、ワクチン接種の安全性や効果をより深く理解できるのではないかと思う。

ブラジル・サンパウロで、中国企業が開発を進める新型コロナウイルス用ワクチンの試験的接種を受ける人(左)=7月21日(ロイター=共同)

 ▽接種後の反応も認識広める必要

 世界保健機関(WHO)などは、抗体を持つ人に移動の自由を与える「免疫パスポート」を紹介し、早期により多くの人に免疫をつけることを重要と指摘している。ウイルスを確実に回避できるかは未知数だが、経済活動の再開にはこうした仕組みは必要になるだろう。

 筆者が既に紹介したように、ワクチン接種自体の安全性や効果とは別に、ワクチン接種を避けようとする人の問題も認識されるようになっている。ワクチンの必要性やワクチン接種に伴う体の反応についてもより丁寧に説明する必要があるだろう。

 これまでの臨床研究では重い副作用はないと報告されているが、一般的なワクチンよりも接種後の体の反応は強い可能性もある。例えば、中国のシンバイオというグループが初期段階の臨床試験の結果を公開しており、それによるとワクチン接種を受けた人のうち、発熱が確認されたのが46%、けん怠感は44%、頭痛は39%、筋肉痛は17%と報告されていた。ほかのワクチンについては人での論文発表は限られているが、体の反応については正しく知っておいた方がよい。ワクチンを接種した後にいざ熱が出ても、想定内としていれば無用な心配をしなくても済むことになる。

 ワクチン接種が成功するかどうかはまだ見えない。生活習慣での工夫や日常をサポートする器具の発明、治療薬の開発など、あらゆる手段を講じ、ワクチン頼みにならない対応についても引き続き模索するのはコロナ禍をしのいでいくためには大切だろう。

■参考文献 CORONAVIRUS RESOURCE CENTER(Johns Hopkins University of Medicine) https://coronavirus.jhu.edu/map.html

Draft landscape of COVID-19 candidate vaccines(WHO) https://www.who.int/publications/m/item/draft-landscape-of-covid-19-candidate-vaccines

ファイザーとBioNTech、1億2000万回のBNT162 mRNAワクチン候補を日本に提供(ファイザー) https://www.pfizer.co.jp/pfizer/company/press/2020/20200731.html

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medRxiv 2020.07.09.20148429; doi: https://doi.org/10.1101/2020.07.09.20148429 https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.07.09.20148429v1