「サッカーコラム」愚直なスプリントが生んだ必然の4得点 J1名古屋・前田直輝がプロ初のハットトリック

名古屋―浦和 前半、ハットトリックを達成し、喜ぶ名古屋・前田=豊田

 何をやっても、面白いようにうまくいくということがたまにある。対照的に、やることは間違いなかったはずなのに結果だけが悪い方に向かい、気がつくと取り返しのつかない傷を負っているということもある。8月8日のJ1第9節、名古屋対浦和の一戦はこの言葉が現実になったような試合だった。

 YBCルヴァン・カップから中2日。酷暑の季節に選手たちもコンディショニングを整えるのに苦労しているのだろう。立ち上がりはいたって普通の展開だった。どちらかというと、リズムをつかんでいたのは浦和のように見せた。決定機を演出するまでには至らないものの、その一歩手前までのパス回しはできていた。

 ところが、この日の名古屋にはいわゆる「持っている」選手、それも尋常でなく「持っている」選手がいた。レッズのお膝元であるさいたま市浦和区で育った前田直輝だ。

 前半9分、左サイドから金崎夢生がゴール前にボールを入れる。そのボールを前田が直接右足で合わせた。シュートはGK西川周作の見事なブロックにあったが、その後が冷静だった。前田はこぼれ球をコントロールすると、DF鈴木大輔のスライディングを予測して間を一拍置いた。予想通り鈴木がシュートブロックに滑り込むと、GK西川と鈴木を置き去りにするようにボールを左に持ち出し、ボールを丁寧にゴールへ送り込んだ。

 それからわずか1分後、失点した浦和が再びゲームに入り込む前に名古屋は追加点を奪う。前半10分、またも左サイドに進入した金崎がオープンスペースに縦パスをフィードする。それに追いついたのがマテウスだ。マテウスは浦和の守備が整う前にGKとDFラインの間にグラウンダーのアーリークロスを送り込む。走り込んだ前田が左足でダイレクトに合わせ2点目を挙げた。

 放たれたシュートがことごとく自軍ゴールに吸い込まれていく。浦和からすれば、心を整理する間を与えられることのないまま、2点を失ってしまった。動揺が走ったのは間違いないだろう。ただ、ここで抑えておければ、試合の流れを引き戻すことができたかもしれない。しかし、そうはならなかった。

 「3点目でメンタル的コントロールを失ってしまった」

 試合が終わってしまった―。浦和・大槻毅監督がそう認めたのが、前半18分の失点だった。名古屋の左CK。マテウスからガブリエルシャビエルとつないだ左ショートコーナーをシミッチにヘディングで決められた。

 名古屋とすれば、あとは前に出る浦和の裏のスペースを狙いカウンターを仕掛けるだけでいい。前半38分にはセンターサークル内で丸山祐市のパスを受けたガブリエルシャビエルが芸術的なトラップでDF鈴木をかわし、右サイドの前田に。ドリブルでゴール前に進出した前田は直前まで右足でシュートを打ちやすいコースを進んだが、シュートの直前に体を開いて利き足の左足でシュートを打つ体勢にスイッチした。

 直前まで見事に右足のシュートコースを消していた西川だったが、さすがにこれには対応できなかった。これで前田は「中学校以来かな」というハットトリックを達成した。

 前半終了間際の45分にもカウンターからガブリエルシャビエルに決められて5点目を失った。ただ、浦和が圧倒的に攻められたわけではない。打たれたシュートはことごとくネットを揺らしたが、その他には西川がGKとしてシュートストップやセービングを見せる機会はなかった。

 「相手に余裕を持たせるシュートシーンが多かった」。西川は試合後、そう振り返った。だが、防ぐには無理な失点ばかりだった。

 浦和は流れを取り戻そうと、ハーフタイムにメンバー3人を入れ替えた。意図ははまり、後半開始3分にレオナルドが1点を返した。しかし、反撃ののろしは直後に消された。後半5分、カウンターから前田が左足でこの試合の4点目を決め、勝利を盤石なものとしたのだ。

 終わってみれば6―2と大差がついた。ただ内容を見れば、決して一方的ではなかった。ボール支配率は名古屋53%に対し浦和47%だ。それでも、このような結果になる試合がたまにある。これを運という言葉だけで片付けてはいけないのは言うまでもないが、少しは関係しているのかもしれない。

 浦和の左サイドバック山中亮輔がこの試合で放った30メートル近い2本の強烈なロングシュート。その2本ともが名古屋の右ゴールポストを直撃した。しかも、前半終了間際の1本は、そのはね返りをクリアされたボールがつながって、ガブリエルシャビエルのゴールに結びついた。ゴールが入っていれば5失点目はなかったわけで、スコアはもう少し接近したものとなっただろう。

 後から見れば、試合内容はどうにでも解釈できる。しかし、この試合に関してはサッカーにおける「不変の真理」が確かにあった。4得点を挙げたヒーロー・前田はこう言い切った。「やるべきことをやった結果」と。

 パスが来るか分からない。サッカーはそんな不確実性を内包している。それでも、愚直なまでに何度もゴール前へ走り込む。その忠実なスプリントがなかったら、シュートチャンスさえ訪れなかっただろう。

 それを考えれば、前田の4得点は必然だ。この日に限れば、確かにちょっとは「持っていた」のだろうが…。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

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