東京五輪延期の余波はこんな所にも セーリング会場の江の島で起きていること

東京五輪のセーリング会場となる「江の島ヨットハーバー」(画面中央)と周辺に広がる相模湾。左上は三浦半島=神奈川県藤沢市

 来年開催する東京五輪のセーリング競技は、神奈川県藤沢市江の島にある「江の島ヨットハーバー」で行われる。江の島は日本国内屈指の人気観光地として知られるが、日本セーリングの中心地と言える場所でもある。1964年東京五輪でセーリング(当時の競技名はヨット)の会場になった歴史に加え、日本初の競技用ハーバーでもあるからだ。

 人気のヨットハーバーがゆえに数多くのヨットが置かれている江の島では、東京五輪の開催決定と延期を受けてちょっとした騒動が起きていた。(共同通信・山﨑惠司)

 ▽600艇以上が移動

 江の島には小型艇ディンギー約578艇と大型艇のクルーザー131艇が保管されている。全ての艇を江の島以外の場所に移さなければならなくなった。今年夏に開幕するはずだった東京五輪の会場整備をするためだ。

 神奈川県内や東京都のハーバーなどで分散して保管することになり、今年1月から移動を始めた。ところが、ご存じの通り新型コロナウイルスが感染を拡大。影響で東京五輪を1年延期することが3月24日に決まった。

 この時点で、ディンギーの全艇に加えクルーザーのうち陸上保管されていた57艇の搬出が完了していた。一方、水上保管のクルーザー74艇は搬出作業が始まる直前に延期が決まった。

 すると、江の島から自分のヨットを移動させたオーナーの中から「江の島に戻れないか」という声が、江の島ヨットハーバーを管轄する神奈川県に寄せられるようになった。

 2021年7月23日の五輪開幕が近づけば再び移動することを前提とした希望に、神奈川県は対応。7月末の時点で、ディンギー578艇のうち、約200艇が戻っているという。

 クルーザーはどうなのだろう。神奈川県の担当者によると、水上保管の74艇のうち、約30艇が江の島から出て行ったそうだ。一方、陸上保管のクルーザー57艇は保管スペースに仮設のオリンピック関連施設が設置されたため、全艇が一度は移転した。東京五輪の1年延期を受けて、神奈川県はオーナーの希望に応える形で仮設の関連施設を撤去。保管スペースが復活し、7艇が戻ってきた。

2019年8月、セーリングの東京五輪テスト大会で、江の島ヨットハーバーからスタートに向かう選手=神奈川県藤沢市

 ▽不満はない

 50代の男性会社員(埼玉県川口市在住)を含む6人で共同所有するクルーザーもそのうちの1艇。移転した神奈川県三浦市の「油壺ヨットハーバー」から7月22日に江の島へ戻った。

 「江の島へ一時的にでも戻れるのは、大変ありがたい。他へ移転して感じるのは、アクセスの良さと便利さです。観光地なので、近くに何でもある。最高の立地であることを再認識した」。江の島の素晴らしさに改めて気づいたという男性がそう話す。

 東京五輪の開催と延期で予期せぬ移動を強いられた形になった。だが、男性会社員に不満はない。

 「共同オーナー一同、協力させていただくとの意向で一致していた。別の場所への移動を求められるのも、仕方ないと思っている。移動費用や移転先保管料を県が負担してくれることはとても助かる。移転により不便なことは多々増えましたが、我慢だと思っています。〝オリンピックの開催に協力する〟が、私たちの大前提ですから」

 藤沢市に隣接する鎌倉市在住の50代男性は所有しているディンギーを神奈川県逗子市にある「逗葉フリートハウス」へ移動した。6月初め、同県が江の島への再受け入れを各オーナーに通知すると、江の島に戻した。男性は「五輪延期という想定外のことで神奈川県も大変だと思います。来年の東京五輪(開催)も不確定の中で、一番気持ちの良い江の島に戻りたかった」と理由を口にした。

 ディンギー、クルーザーを問わず、ヨット愛好者にとって、江の島は特別な場所なのだろう。

 ▽協力関係

 いったん、江の島に戻った艇も来年1月から順次、再搬出を開始。そして、来年3月には全艇の搬出を完了し、同4月からオリンピック開催の準備に入る。

 艇の運搬と移動先での保管にかかる費用は神奈川県が負担する。当初の予定通り今年夏に五輪が開催されていれば、運搬と保管にかかる費用は総額11億円の見込みだった。追加の費用は発生するのだろうか。同県の担当者に聞くと、今回の帰島と来年の再搬出でさらに数億円がかかるとしている。ちなみに、これらの費用は東京都が組織委員会を経て、神奈川県に支払われることになっているという。

 東京五輪の延期によって、さまざまな負担が新たに発生。対応に苦慮している関係者もいるという。だが、ここ江の島での混乱は最小限に抑えられている。背景には、セーリングを愛するオーナーたちとその思いを尊重した神奈川県の間で生まれた協力関係があった。

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