球児に捧げる「#2020僕らの証」 ヒロド歩美アナがハッシュタグに込めた思いとは

ABCテレビ・ヒロド歩美アナウンサー【写真提供:ABCテレビ】

私は寄り添う資格はない…でも「可能な限りは行こう」と決めた

8月3日。ヒロドアナはセンバツに出場予定だった帯広農の取材で北海道にいた。野球の練習以外にも、豚の出荷やカレー作りのための野菜の収穫などを見せてもらった。

「彼らの強さを見たいと思ったんです。命の大切さを理解しながら、生活をしていました。学校に来たからこそ分かることだったと思っています」

球児の今と向き合っていた。他にも明石商や履正社、加藤学園などを訪問し、感じたことをメモに書き込んだ。写真を撮って、インスタグラムでも発信した。

今でこそ、明るく、笑顔でいられるが、そこにたどり着くのには時間はかかった。

夏の甲子園中止――

「聞いた時は、自分のいろんな感情が入り乱れました。言葉では言い表せないんです。つらい、とか、残念、とか、そういうことではないんですよね。私は球児ではないですし、学校のOBでもない。私は球児に寄り添う“資格”はないんです」

当事者のことを考えたら、自分が軽々しい発言をすることはできない。高校野球を近くで見てきたからこそ、甲子園にかける思いの大きさや、かけてきた時間がわかる。自分に何ができるんだろうかと思う以前に、自分の無力さに気づかされた。

現在、甲子園では2020年甲子園高校野球が開催されている。各都道府県では独自の夏大会が開催され、出場した3年生はそれぞれ、自分なりに高校野球の“区切り”をつけた。ただ、一方で、大会の中止によって、道半ばで諦めた球児がいることを忘れてはならない。

「インスタグラムを通じて、野球を辞めたいという子からのメッセージがありました。それも事実のひとつとして伝えてほしい、と」

ヒロドアナがこの時、大きな責務を負った気持ちになった。これも、とある高校3年生の野球部員が下した決断のひとつ。いろんな形の“区切り”があるのだから、見過ごしてはいけない。最後まで野球を完遂することが、今年の高校野球の「正解」だとは言い切れないと思えてきた。

様々な現実と向き合いながら、自分がやらなくてはいけないことが分かってきた。前述したように、「頑張って」と容易な言葉で、寄り添う事は違う。彼らが2年半、野球と向き合った証を残すことが「私のさだめだと思いました」とヒロドアナは言葉を選んだ。

人気番組「熱闘甲子園」の放送も今年はない。地方大会から報道も例年に比べて少ない。ヒロドアナのもとには多くのメッセージが届いているが、中には球児の親から直接来ることもあった。「彼らの証を作ってほしいです」。その言葉はヒロドアナの心を打った。

「甲子園という目標がなくなり、球児やマネージャーが、高校野球をやってきたという証を残すには、何ができるのかを考えました」

そのひとつが、インスタグラムのハッシュタグ『#2020僕らの証』を浸透させることだった。

「球児をはじめ、みんながそのタグをつけて、思いをSNSに載せてくれたらいいなと思いました。そういう場を作るのが、役割なのかなと」

ハッシュタグに込めた思いは、閉じ込めようとしていた感情、出来事を共有してほしかった。

「どこにぶつけていいかわからない気持ちがあるなら、このハッシュタグで叫んでほしい、と。『ありがとう』でもいいし、集大成を表すようなものでもいい。今年の自分にしか感じられないような心の叫びを伝えてほしいな、と。もちろん、保護者でも吹奏楽部の生徒でも歓迎です」

ふと立ち止まった時に、このハッシュタグで過去をたどれば、2020年の夏の記憶がよみがえってくる。あの時があったから、今がある―。将来、そう思える人生であってほしいと願う毎日だ。

ヒロド歩美アナは「2020高校野球 僕らの夏」に出演中【写真提供:ABCテレビ】

もう一通のメッセージ 「パワーソングがほしい」

ヒロドアナは取材者としてのあるべき姿を考える日々は続いている。

「自分にも伝えたい現実が出てきて、インタビューをすることで彼らが高校野球をやっていたという証になるのではないかと考えました」

高校野球の取材をし、今年で7年目。一定の層には、高校野球の取材者として認知さえている存在になっている。できるだけ球児の現実を見て、言葉を聞こうと思った。球児の中にはヒロドアナの取材で、少しだけ甲子園に行けた気分になったかもしれない。それだけでも、高校野球をやった証を記せたのではないかとも思う。

「例年、甲子園で戦う球児の素顔をたくさん届けようと思っていますが今年は少し違います。辞めてしまった球児もいますし、リアルな声を届けないといけないと思っています」

行ける限り、学校の取材に行こうと思った。もしかしたら、全国を飛び回ることに批判があるかもしれないという懸念もあった。「でも、今しかないんじゃないか、と思って。番組で記憶に残すこともひとつの僕らの証なんじゃないかと」

甲子園交流試合当日の取材も、学校側や選手に配慮して時間は制限される。多くのメディアが混在するから、自分だけ特別に長い時間、取材するわけにもいかない。だからこそ、「2020高校野球 僕らの夏」(8/10【月・祝】~17【月】連日放送、関西ローカル、TVer、バーチャル高校野球で翌日配信、雨天順延あり)などでしっかりと思いを届けるために、大会前にヒロドアナは足を運び、距離を保って、話を聞いた。

もう一つ、心動かされたメッセージがあった。「僕らのパワーソングを作ってほしい」というものだ。

「球児は自分が3年生だった時の夏の甲子園(熱闘甲子園)のテーマソングを大事にというか、よく覚えていて、自分だったら「宿命」(Official髭男dism)とか……でも、今年は“熱闘―”がないので『僕の代の曲はこれだ』というものを作ってあげることはできないかなと…」

テレビ局にも同様のリクエストが届き、スタッフたちが球児のためにすぐに動いた。2020年のパワーソングは誕生した。ベリーグッドマンの「Dreamer」だった。「柔らかいメロディーや心地よい歌声が球児の背中を押してくれるような歌です」。この曲が心に残っていく限り、今夏、戦った球児たちは、それがこの時代を生きた証となり、野球と向き合ったこの1年を忘れないのではないだろうか。

球児への取材を続けていくと、今年の3年生にとってはコロナ禍が大きな壁だったことを痛感する。どのように自分なりの言葉をかけていいか悩む。自分は球児ではない、OBでもない。「だから私の意見、声はかけられません」と足元も見つめる。

自分の言ったこと、もしくは経験を伝えることが正しいかと言われれば、そうではない。「私は困難をこうして乗り越えたよ、などは言えません。だから、取材を通じて、元球児の方に聞いたらこんなことを言っていたよ、と伝えました」

結果的に、ヒロドアナは球児から次へ進む力をもらい、今、高校野球の番組を作っている。

「最初に寄り添うことはできない、と言いましたが、本当のことを言うと、私なんかが寄り添う必要はないくらい、出会った球児は強かったですね(笑)。進んでいく道に迷いはない感じでした」

ハッシュタグや音楽を通じて、証を刻む夏。ヒロドアナにとっても特別な年となった。また新しい球児たちの顔に出会った気がした。

2020年甲子園高校野球交流試合の期間中、同局で放送される「2020高校野球 僕らの夏(8/10【月・祝】~17日【月】連日放送、関西ローカル、TVer、バーチャル高校野球で翌日配信、雨天順延あり)(Full-Count編集部)

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