連載「ことばは国境を越えて」 第2回:シーツに込められたメッセージ(1)

(1)初めての「紛争地派遣」。イエメンへ

手術室看護師の白川優子 © MSF

手術室看護師の白川優子 © MSF

国境なき医師団(MSF)の手術室看護師として多くの活動地への派遣経験を持つ白川優子が、活動地の人びととの触れ合いから得た思いをつづった連載コラム※を、抜粋してご紹介します。

第2回は、2012年に赴いたイエメンでの物語。白川にとって、初となる紛争地での活動でした。

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イエメンという国があることを、「国境なき医師団」(MSF)に入って2年後に知った。母はこの国名を私の口から初めて聞いた時、「なんだかすてきな響きの国ねぇ。おとぎ話に出てきそう」と言った。「イエメンに行ってくるよ」と伝えた友人からは「へー、休暇?」と返ってきた。

 

2012年、MSFの看護師としての3回目の派遣がイエメンに決まった時、私はその国がいったい地球上のどの大陸に属し、どんな人たちが、どんな言語を話しながら生活しているのか全く知らなかった。足を踏み入れてみて、とんでもない戦火が巻き起こっていることに驚いた。その後も、3回にわたって派遣され、私のMSF人生を語るうえでイエメンは欠かせない国となった。今回は私の「初の紛争地派遣」について述べたいと思う。

イエメンってどんな国?

 2012年の6月にイエメン派遣の依頼が入った。「いつでも出発する準備はできている」と伝え、ビザが取れ次第、出発することとなった。とはいえ、私はいったいどんな国に行くのだろう? なぜ私はその国で必要とされているのだろう? 出国までに、イエメンという国を調べることにした。
 

まずは、簡単にネットで検索してみた。その結果、
 

「中東の最貧国」「アルカイダの拠点」「軍事衝突」  

このような文字が出てきた。ほかには政府軍、反政府軍、大規模デモ、自爆テロなど、ものものしい語句がたくさん目に入った。
 

「そうか、イエメンは紛争地なのか」とすぐに悟った。

もちろんMSFの活動地域に紛争地があることなど承知の上ではあったし、紛争地こそ医療の必要な人が待っているのだろうと想像できた。ただし、この時は現地で目の当たりにすることになるような映像など、脳の片隅にも浮かばなかった。

「アラブの春」とイエメン

 2012年当時、国際情勢の話題として中心になっていたのはシリアの内戦だろう。2010年にチュニジアから始まった、「アラブの春」と呼ばれる民主化運動は、その後リビア、エジプトに波及し、シリアにも飛び火した。実は、あまり知られていないが、イエメンでもアラブの春に触発された民主化運動が起こっていた。ただし、2012年2月に独裁政権が倒れても、イエメンが平和になったわけではない。前大統領を支持する勢力が新政権に激しく抵抗し、国内各地では衝突が絶えなかった。

 

私が派遣されることに決まったのは、イエメン南部最大の都市、アデンという場所だった。

出発直前、MSFの事務局から入国ルートを変更すると連絡があった。首都サナアの治安が非常に悪いためだった。紛争下で空路が閉ざされることもよくあるが、このころのイエメンは国際線が飛んでいた。いま思えば、2012年は比較的、イエメンに入国する難易度は低かったように思う。その後イエメン情勢はますます混迷し、入国自体が困難になっていった。本格的な内戦が勃発した2015年には、アデン空港が閉鎖され、MSFのスタッフがアデンに入るための旅路は、船で15時間も揺られる航路と化してしまうのだった。

白川が派遣されたのは、南部の港町・アデン(2018年撮影) © Agnes Varraine-Leca/MSF

白川が派遣されたのは、南部の港町・アデン(2018年撮影) © Agnes Varraine-Leca/MSF

初めて見る銃創、爆傷に立ち向かう

アデンのMSF病院に到着早々、度肝を抜かれた。来る患者、来る患者が、身体のどこかしらから血を流し、カルテには「銃撃」「爆弾」「空爆」のいずれかばかりが被害原因として書かれている。バスに乗っていただけで銃撃戦に巻き込まれた運転手と乗客たち。マーケットで、警察と市民の間の暴動の巻き添えになったという買い物客たち。病院の外ではあちこちで衝突が起きているのが目に浮かぶようだった。

 

「罪のない人たちがどうして?」

「同じ人間なのになぜ傷つけるの?」

そんなことを考えている暇はない。初めて顔を合わせるスタッフたちとともに手術に取り組んだ。銃創など見たことがない。まして、爆発で吹き飛ばされ、もはや人間の形をとどめていないような患者なんてなおさらだ。私がパニックを起こしてはいけない。チームに絶対に迷惑をかけないよう、必死だった。

(「シーツに込められたメッセージ」(2)へ続く)※8月21日公開予定

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※このコラムは「情報・知識&オピニオン imidas」で連載中の「『国境なき医師団』看護師が出会った人々~Messages sans Frontieresことばは国境を越えて」を改題・再編集したものです。
原文はこちらから⇒「第6回 シーツに込められたメッセージ」

目次  連載「ことばは国境を越えて」(看護師・白川優子)

第1回:紛争地からの"ひとりごと"

第2回:シーツに込められたメッセージ

  • (1)初めての「紛争地派遣」。イエメンへ
  • (2)※8月21日(金)公開予定

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