北朝鮮軍パイロットの妻たちが「集団抗議」に押しかけた理由

北朝鮮で初めて女性として超音速戦闘機のパイロットになったリム・ソルさん。同僚の2014年11月、同僚のチョ・グムヒャンさんとともに、金正恩氏の前で飛行訓練を行うなど、英雄として北朝鮮の国営メディアでも大きく取り上げられた。

しかし、昨年11月、戦闘飛行訓練中の墜落事故で亡くなったと伝えられている。

北朝鮮の国営メディアはこのような事故について報道を行わないため、実際にどれくらい起きているのかは不明だが、かなりの頻度で発生していることをうかがわせる事件が起きた。朝鮮人民軍(北朝鮮軍)内部のデイリーNK情報筋が伝えた。

朝鮮人民軍の航空・反航空軍(北朝鮮空軍・防空軍)の212号パイロット、チャ・ヨンイルさんは2015年、飛行訓練の途中に機体が爆発し亡くなった。そのことを知った金正恩党委員長は、自筆のお悔やみ状を妻のリさんに送った。チャさんは英雄だったと褒め称え、「遺された息子を党と革命に限りなく忠実な人になるよう育てて欲しい」と希望した。

手紙の存在を知った第2航空師団の政治部や、幹部の人事を司る幹部部は大騒ぎになった。お悔やみ状の行間には、軍に対し「遺族の面倒をきちんと見ろ」との指示が含まれていたからだ。

師団上層部はまず、妻のリさんを軍官(将校)に取り立てようとしたが、30代と若い上に、2歳の息子を育てなければならず、軍官としての仕事ができる状況になかった。それから5年経ち、息子が小学校に上がった今年になって、ようやく手続きを開始。平壌に呼ばれて少佐の階級を得て、人民武力省の史籍館の講師(ガイド)となった。

ところが、ここで問題が発生した。パイロットだった夫を、同様の爆発事故で失った女性が10人も現れたのだ。彼女らは、リさんが平壌に呼ばれた当日の今月10日、幹部部長宅に押しかけ、集団で抗議した。

幹部部長は「1号方針の対象者と皆さんは立場が異なる」と説明した。1号方針とは、金正恩氏の命令を指す。さらに「遺された子どもたちは皆(エリート学校の)革命学院に入れた、配慮をしてもらっているではないか」と説得を続けた。

ところが未亡人たちは、それでは引き下がらず、要求事項を並び立てた。

「軍官にしてもらえないのなら、それに相当する待遇をしてほしい」
「パイロットがもらえるだけの配給をくれなければ生きていけない」
「聞き入れてくれなければ、中央党(朝鮮労働党中央委員会)に請願の手紙を送る」

幹部部長は、これらの要求を上部に伝えたが、その結果はまだ出ていないようだ。

かつて軍官、中でもパイロットと言えば、エリート中のエリートで、皆の羨望の眼差しを受け、何不自由なく暮らせた。しかし今では、配給は減らされ、軍官の家族は市場で商売をして生計を支える有様となっている。地域住民の間では、こんなことが言われている。

「パイロットに嫁入りすれば玉の輿と言われていたのは昔話」
「最高指導者の目に止まらなければ、単なる未亡人になるだけ。そんな境遇を誰が望むのか」(地域住民)

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