終戦時の体験 手記に 平和には教育大切

松浦 大畑利治さん

©株式会社長崎新聞社

戦後75年を機に、終戦の年の体験を手記にまとめた大畑さん=松浦市志佐町の自宅

 松浦市志佐町上志佐地区で地域の歴史や民俗を記録し、子どもたちに語り継ぐ活動をしている大畑利治さん(90)が、戦後75年を機に、終戦の年の1945年の体験を手記にまとめた。
 大畑さんは30年、北松上志佐村(当時)の農家の長男として生まれた。45年3月に15歳で上志佐国民学校特修科を卒業。父親が出征していたため、母親と農業をしながら地元の青年学校に入学した。
 同年4月に沖縄戦が始まると村役場から青年学校の生徒に海軍への志願を勧める通達があった。戦況は日に日に悪化。6月28日深夜には佐世保大空襲で佐世保上空が赤々と染まっているのが松浦からも見えた。
 同級生27人と海軍を受験したのは8月9日。大畑さんら9人が合格した。試験後、監督官から「長崎に新型爆弾が投下され、大惨事になっている」と告げられたときの衝撃は今も忘れられないという。
 終戦の日の15日は農作業に追われ、玉音放送を聞いていない。翌16日に「武運長久」を祈願に行った佐々町の神社で終戦を教えられた。「国のために殉じるという戦時下の教育を刷り込まれていたから、敗戦は信じられなかった。だが、村に戻り、駐屯していた軍人たちの慌てた様子を見て、戦争が終わったことを実感した」という。
 戦後75年を振り返り、大畑さんは「多くの悲劇を招く戦争は絶対してはならない。そのために教育の大切さと、国のリーダーが誤った選択をしないよう私たちが注視し、声を上げていくことが大事だと思う」と話した。