眠れる町工場 コロナで覚醒のとき 「宝の山」海外投資家が熱い視線

高い技術力を誇る日本の中小製造業が今、海外投資家から注目されている(写真はイメージ)

 新型コロナウイルス感染症の世界的流行でサプライチェーンが寸断され、第二波・第三波の可能性も高まる中、製造業の経営環境が不透明さを増している。だが、製造業のデジタル化の未来を描いた『小説 第4次産業革命 日本の製造業を救え!』の著者の一人で、産業政策と民間企業コンサルティングの2つの領域で長年経験を積んだ野村総合研究所主席研究員の藤野直明氏によれば、むしろ今こそ地方の中小製造業が飛躍するチャンスだという。一体どういうことなのか。中小製造業が海外投資家から注目を集める理由や、カギを握る「工場のスマート化」について解説してもらった。

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■DXで広がる可能性

 最近、興味深い事実を耳にした。海外機関投資家が日本の地方の中小製造業への投資機会を探しているというのである。「日本の地域中小製造業のノウハウを新興国企業と連携させ展開することで、新興国の経済成長を加速させよう」という狙いだという。

 確かに、日本が誇る高品質の製造・加工ノウハウは、実は地域の製造業が有している。そして世界の製造業でデジタル・トランスフォーメーション(DX)が進む今、この技術力がさらに注目を集めるようになってきた。

 なぜなら、DXは世界の製造業を円滑に連携させ、従来の垂直的な多重下請け構造から、オープンで水平的なネットワーク構造へ産業構造を転換させつつあるからだ。日本の中小製造業が今まで以上に世界へ羽ばたきやすくなってきたと言えるのである。

■高評価なのに「投資不適格」

 しかし、海外機関投資家が興味を有するにも関わらず、現段階ではその多くの案件がディールに結び付いていない。理由は、ITやDXの遅れによって製造技術や製造管理技術などのシステム化ができていないからである。

 コロナショックで、ようやく多くの企業で注目され本格的な検討に入ったという指摘もあるものの、充分というには程遠い状況である。率直にいうと、現場の暗黙知としての経験と勘にのみ依存する工場はスケールアウトできないし、円滑な技術移転や技術継承が難しい。

 こうした企業は海外機関投資家の立場からみると明らかに投資不適格なのである。「原価計算はエクセル、スケジューリングはホワイトボード、品質管理は定年後の嘱託の技術者の経験と勘では、申し訳ないが投資不適格と言わざるを得ません」というわけである。

■IT投資 放置したツケ

 IT投資のリスクを現場に負わせ、経営者自らが判断し意思決定をしてこなかったツケが顕在化している。現場もカイゼンというスローガンの下でIT投資を回避した方が投資失敗の責任を負わなくて済む。

 「経営と現場の囚人のジレンマ」の閉塞構造の結果生じた“先進国日本の製造業の弱点”が露呈している。この背後には、部分しかみえない現場発のIT設計では、経営の全体最適からは遠いためにIT投資の成功が容易ではないという構造的な問題も垣間みえる。

 実は、地域製造業の構造的な弱点である「円滑な技術継承、事業承継、M&A(PMI)や海外展開が容易にできないこと」の理由もほぼ同じである。

 なぜ、この問題が、先進国日本で今まで放置されてきたのか。不思議ですらある。

■韓国や東欧にも遅れる日本

トヨタ自動車の米進出を契機に、海外ではOM教育がMBAのカリキュラムに取り入れられた(写真は愛知県豊田市の豊田スタジアム)

 なぜ、先進国日本の地域製造業において、IT投資やDXの遅れが発生しているのであろうか。理由は、日本における「ビジネス教育、特にOM(オペレーションズ・マネジメント)教育の機会が乏しい」ことである。

 ドイツやアメリカなどの欧米先進国とだけ比較して言っているのではない。驚くべきことに、シンガポールはもちろん、韓国、台湾などのアジア先進国、北欧、またチェコやブルガリアなどの旧東欧諸国と比較しても、教育機関の数と内容という点で、日本は圧倒的に産業向けのOM教育資源に乏しく、またカリキュラムや人材の育成が遅れている。もしくは“手つかず”となっていて、気づくことも難しい状態にある。

 この結果、製造業務、製造管理業務の形式知化、組織知化、経営のシステム化(ITのことだけではない)が遅れているのではないかと筆者は考えている。

 経営工学やOMは、いわゆる文系経営学の範疇には収まりにくく、かつ理工学部の主要分野からは遠くみられがちで、大学交付金の削減の影響を最も受けてきた教育・研究分野ではないかと筆者は危惧している。

 一方、海外諸国では、トヨタ自動車の米国進出を契機に、大統領報告で当該領域の研究・教育の重要性が指摘され、MBA教育に取り入れられた。OMを研究する新しい学会は米国POMSが1万人、欧州EUROMAが5000人という規模に育ってきている。日本とは全く逆の動きである。

 よく誤解をされるので、あえて強調しておきたいが、筆者は、日本でよく喧伝される、いわゆる「データサイエンスやAI(人工知能)のプログラミングができる人材や教育機会に乏しい」と言っているのではない。筆者は、社会人向けの「ビジネス教育、特にOM教育の機会が乏しい」ことを指摘しているのである。

 つまり、「何に対してAIを活用したいのかお聞かせください。可能かどうか検討します。必要なデータも準備して下さい。データがなければ何もできませんので」という立場のデータサイエンス、AI人材だけが不足しているのではない。

 経営者に対して「わが社の技術はこの点で優れています。米国A社と提携し成長させましょう。しかし、現在の業務管理能力では技術を盗まれるだけです。製造・加工ノウハウを制御プログラムに形式知化、ソフトウェアとしてブラックボックス化し、クラウド上で展開できるようにしましょう。一部でAIも活用できるはずです。検証させて下さい」という、いわゆるOM戦略を、一緒に考え、分析し、提言できるOM人材こそが必要とされているのである。

■クラウド技術によるITの価格破壊

 もう一つ日本企業があまり知らされていないことに、クラウド技術によるITの価格破壊により、製造管理業務・製造業務の形式知化、組織知化、システム化が安価で容易になったことがある。食わず嫌いはあまりにもったいない。

 DXが世界で騒がれている背景には、世界中どこでも安価に活用できるようになったクラウド技術により高度なソフトウェアが安価に活用できる環境となったことがある。

 通信環境とPCさえあれば、高度なソフトウェアはもはや、安価にかつ世界中同様の環境で活用できる(グローバル価格)のである。このソフトウェアを有効に活用し、世界市場へ向けた地域中小製造業のスケールアウト戦略が、今、求められている。

 しかし、あまりにもITが安価になりすぎたために、いわゆる「ベンダーの営業」が地域製造業に来なくなり、かえって身近なものではなくなったという逆転現象が起きている。日本ではITはベンダーから調達するもの、という意識がまだ強い。

 ベンダーもビジネスである。営業コストは日本でのプロフェッショナル人材の人件費である。このため、安価なクラウドサービスを売るために高い営業コストはかけられないのである。

 このため、ITベンダーの営業にだけ頼ろうとせず、基本は経営層が自ら学習するというスタンスが重要となる。

■経営層へのOM教育を

 地域の中小製造業者が自分で学習しようとしても、現在、日本の地域には社会人向けのビジネススクールは乏しい。ここに日本の大きな弱点がある。

 地域製造業の経営層へ、経営工学やOMを含む国際水準のビジネス教育、IT、IoT、DXの体験と実証ラボ機能の整備が必要である。こうした教育トレーニング機能は、ドイツやEUだけでなく、シンガポールでも整備が進んで久しい。

 実は、日本でも佐賀県や北九州市において既に同様の取り組みが始まっている。佐賀県は、先進的な業務ソフトウェア企業が地域製造業経営層とのコミュニケーションを図るための仕組み構築を図っている。既に海外企業8社、県外企業47社を含む157社がサポート企業となっている。

 北九州市では、北九州高等工業専門学校や早稲田大学大学院情報生産システム研究科とタイアップして、昨年より地域製造業経営者が自ら参加するビジネススクールを、1泊2日の合宿を約10回行う形式で運営している。

 各地域において、AIやIOT等の技術そのものではなく、まずOMのカリキュラムを中心とした経営者向けのビジネススクールを早急に開設し、世界水準の知識について、地域の製造業や学者・技術士、中小企業診断士やコンサルタント、地銀のバンカーらが議論をしながら検討できる場を設けてみることはいかがだろうか。

■逆転と飛躍の最後のチャンス

 実は、地域中小製造業の最大の課題は事業承継である。事業承継時にもし人材が不足するのであれば、都銀や地銀バンカーや商社人材をCEO人材として育成し、地域経済のイノベーションを実現することが有効ではないだろうか。

 もちろん「地銀のバンカーの審査業務と製造業のCEO業務では、考え方が真逆だから無理だ」という指摘もあることを筆者も知っている。しかしながら「他に誰ができるのか」と問うと「他も考えられない」という回答が多い。都銀、地銀バンカーで製造業のCEOに関心のある方にOM教育を集中的に行い、その中からCEO人材が育ってくることを期待したい。

 さらに、CTO人材はUターン、Jターン、Iターン人材を狙うことも効果的である、実は、コロナショック以降、U/J/IターンでのCTO人材は獲得しやすくなっていると指摘する向きも多い。地域経済にとって、また日本の地域中小製造業にとっては逆転と飛躍のチャンスであることは確かである。

 もっとも、これが最後のチャンスかもしれない。IT基盤は世界共通、新興国を含む競争は今後ますます激化していくからである。従来の系列的なグループ取引は解消されてきている。技術力と経営力とで、早期にこの飛躍のチャンスを活かすべきである。

【参考資料】

藤野直明、梶野真弘『小説 第4次産業革命 日本の製造業を救え!』(日経BP社、2019年)

九州経済産業局レポート

https://www.kyushu.meti.go.jp/seisaku/jyoho/iot/jirei/200424_1_5.pdf

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