オードリー・タンの頭の中。台湾の天才大臣が語る「バグを恐れない」生きかた

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台湾のデジタル担当大臣として知られる、オードリー・タン(唐鳳)政務委員。

トランスジェンダーを公表した台湾の初の閣僚であり、天才プログラマーとしても知られる。

新型コロナ対策、若者らの政治参加、そしてマイノリティーが生きやすい社会の実現ーーこうした難題に挑んできた。

彼女は政府の偉い人でありながら、失敗を気にしない。バグを恐れず、まずは試しにやってみる。

なぜなら、壁にヒビがあるからこそ、その割れ目に光が差し込むように、「欠点」から希望が生まれるからだ。話を直接聞いてみた。

■生後8ヶ月で言葉を話し、33歳でビジネス界から引退していた

オードリー・タン政務委員には、動画ライブ番組「ハフポストLIVE」でおよそ90分間、ハフポスト日本版編集部と早稲田ビジネススクールが質問した。

彼女は生後8カ月で言葉を話し、16歳で起業、米アップルの顧問などを歴任。33歳でビジネスの世界からリタイア。日本の大臣に相当する「政務委員」ではなく、「オードリー」と呼ばれることを好む。

閣僚でありながら、市民に対して政府予算が視覚的に分かる機能などを提供する「g0v(ゴブ・ゼロ)」のメンバー。新型コロナによる「マスク不足」を素早く解決に導いたのは、この二面性があったからにほかならない。

■台湾のマスク不足を解消。3-4日で完成した驚きのシステムとは

台湾でもマスク不足は深刻で、薬局などには長蛇の列ができていた。台湾南西部にある台南市に住む男性プログラマー・呉展瑋さんは、この状況を変えようと、マスクが買える場所を地図アプリから検索できるシステムを開発した。

これを見つけたオードリーさんは、すぐに“g0v”の民間プログラマーたちに共有。政府からも最新の在庫データを提供し、身近な薬局と在庫状況が一目でわかる「マスクマップ」へと進化させた。

開発当時、許された時間は3〜4日程度。当初はバグも散見された。練りに練ってから世に出す日本流とはかけ離れている。

「最終的には1000万人(=人口の半分弱)、最初の週だけで100万人がマスクマップを利用しました。ローンチすることで、列に並んでいる人たちや、薬局の店員が使います。バグもいち早く洗い出される。

“g0v”のチャットでは、彼らのフィードバックをいち早く反映させる方法がすでに確立されていたのです。だから閉じこもる必要はない。“開門造車”、つまり規則や決まったメンバーに囚われず、オープンに開発できたのです」

だが、こうした情報公開には負の側面もつきまとう。

「例えば外国人に犯罪者が多いという情報だけが流れた時に、それだけがネガティブに捉えられることもあります」。

早稲田ビジネススクールの学生のこんな指摘に対して、オードリーさんは「いい質問ですね」とうなずき、こう答えた。

「かつて、大雨や台風による土砂崩れで、各地域がどれだけ損害を受けるのかを公開しようと考えました。

しかし反対もありました。脆弱だとされる場所に住んでいた人たちは、事前に備えられる一方で、実際には被害にあわないような場所であっても、危険区域とされれば土地の価格は下がってしまいます。

そこで私たちは同じデータをさらに細かく、建物レベルで公開することにしました。データには、脆弱とされる場所にはどんな問題があるのか、土砂崩れが起きるとしたらどの経路を辿るのかといった詳細な情報が含まれていました。そのため人々は不必要にパニックにならずにすみますし、対策も話し合えます。情報は多ければ多いほど良くなり公平になると私は思います」

■投票率74%の台湾。言いたいことがあれば声を上げる

台湾は選挙への意識も高い。蔡英文総統が史上最多得票を獲得した2020年1月の選挙では、投票率は74.9%を記録。投票のために海外の留学先から戻った若者も目立った。

「統一」を目指す中国大陸の存在を常に意識せざるを得ない、という事情もあるだろう。とはいえ、日本と比べなぜここまで意識の差が生まれているのか。

「もし2013年の台湾(学生や市民らが国会を占拠した「ひまわり学生運動」があった2014年以前の台湾)に来て“政治に興味ある?”と聞いて回ったとしたら、あなたは変な人だと思われるでしょう。それまでは、多くの人が、政治は政治家がやるものと思っていたし、SNSで政治関連の書き込みに1万いいねがついても、実際にデモをやってみたら誰も来ない、という有様でした。

そこから6年ほどかけて変わっていきました。日本でも国会を占拠しろ、とは言いません。けれども、皆が興味を持ち、大規模な行動に変わっていくものがあれば克服できると思います」

■大臣が、若者に「指導してもらう」制度がある。どういうこと?

オードリーさんは35歳という若さで入閣を果たしている。どうしてこんなことができたのか?

「私がデジタル大臣になったのは、蔡玉玲・前政務委員と内閣の仕事をした後ですが、“リバース・メンターシップ”という制度によるものでした。

大臣たちが35歳以下の若者をリバースメンターに任命する制度です。メンターが大臣を新しい方向へと導く一方で、大臣たちは若い人たちに政府がどういう仕事をするのかを教えます。

今は40人以上のメンターやインターンたちが、私たちに社会の方向性や、向かうべき道を示してくれます。

ファースト・アクションとして、変えたいと思っている分野でこのような制度を取り入れてみるのはどうでしょう。もしそういったシステムがなければ、ご自身で提唱してもいいかもしれませんね」

■「私は二つの思春期を経験した」

台湾はトップの蔡英文総統が女性で、オードリーさんも24歳のころトランスジェンダーであることを公表。「オードリー(鳳)」も、男性的な元の名前の宗漢から変えたものだ。

台湾では2019年、アジアで初めて同性婚が法制化された。反対論が根強い日本では実現されていない。

「私は13歳から14歳にかけて男性としての思春期を経験しました。次に女性としての思春期が到来したのが2005、6年です。私は両方を経験したトランスジェンダーだと思っていますが、インクルージョンのある多様性とは、人々がお互いを受け入れることです。ときには努力を必要としますが、常に達成可能なのです。哲学的な話かもしれませんが...」

■「男の子のピンクのマスクを笑わないで」台湾の閣僚が自らつける

コロナ禍で生まれたエピソードもある。台湾の人々は当初、手に入るマスクの色や柄を選べなかった。願い叶わず、ピンク色のマスクを配られた小学生の男の子は学校で笑い者にーー。

そんな相談が寄せられると、翌日、“鉄人大臣”として絶大な人気を誇る陳時中・中央感染症指揮センター指揮官ら男性閣僚が、揃ってピンクのマスクを身につけ記者会見に登場した。「ピンクは恥ずかしくないよ」というメッセージを送ったのだ。

「陳時中さんたちが突然、トランスジェンダーのアイコンとなったわけではありません。ただし、数日間ピンクのマスクをつけただけで、ジェンダーの主流は同質化ではなく、人々が新しい可能性を受け入れることだと社会に示したのです。ここにインクルージョンの鍵があります」

オードリーさんは今後、誰もがマイノリティーになり得る、として捉えることが大切だと考えている。

「(マイノリティーの課題が)ごく少数の人たちの問題ではなくなります。全員にとっての問題になり、社会を良くするために、いかに弱い立場としての経験をお互いシェアできるかということになります。ただし、差別が無くなることが前提です。

私は小学生の時、左手でペンを持つことがクラスで問題となり、右手で書くよう言われました。あの時、左手でもいいんだと言ってくれれば、新しい視点をクラスにもたらすこともできたかもしれない。LGBTQとは無関係なところでも、こうしたマイノリティについて考えることはできますし、それらは全て関係しているはずです」

■オードリーさんが引用した歌詞の深い意味とは

日本も台湾のように変われるのだろうか。そのために何が必要なのだろうか。オードリーさんは次の言葉を述べた。

There is a crack in everything, that’s how the lights get in.

全てのものにはヒビがあり、そこから光が差し込む。カナダのシンガーソングライター、レオナルド・コーエン「Anthem」の一節だ。

「もしあなたが何かの不正義に焦り、怒っているのなら、それを建設的なエネルギーに変えてみてください。“こんなおかしいことが、二度と起きないためにできる事はなんだろう”と自問自答を続けてください。

そうすれば誰かを攻撃したり何かを非難したりせずに、前向きな新しい未来の原型を作る道に止まることができます。あなたが見つけたヒビに他の人たちが参加し、そこから光が差し込みます」

90分の質疑応答を終えたオードリーさん。回線が切れる間際に見せたハンドサインは、人差し指と中指、それに薬指と小指をくっつけて間を離す、SFドラマ「スタートレック」の“バルカン式挨拶”。

その意味は「Live long and prosper(長寿と繁栄を)」だった。