「温泉の自販機」 佐世保の食品団地になぜ? 意外なきっかけとは

「当時はクリスマスプレゼントだと思った」と真水が入ったタンクを見上げる松尾さん。手前の機械が温泉スタンド=佐世保市大塔町

 新聞社には読者から日々さまざまな情報が寄せられる。ある日、佐世保市内の女性から会社にこんな電話があった。「私は家で温泉に入りよるけん、お肌はツルツルよ。あんたも取りにいかんね」。美肌は永遠の課題だが、家で温泉? 正体を探ると、意外な背景と「効能」が見えてきた。

 女性によると、その温泉はタンクを持参して湯を持ち帰る方法で利用できるという。だがインターネットで検索しても該当する施設は見当たらない。本当にあるのだろうか…。諦めかけたとき、ある市幹部が教えてくれた。「もみじが丘の方にある自販機ね」。温泉の名称は「大塔わくわく温泉」。食品工場が立ち並ぶ大塔町の県北食品流通団地内の施設だと分かった。
 8月4日朝。大型トラックが行き交う団地の奧へ進むと大きな銀色のタンクが見えた。その前にはホースが付いた細長い機械。一般に温泉スタンドと呼ばれている施設だ。なぜこんな場所で温泉を-。整備した同団地協同組合理事長の松尾淳一さん(74)に尋ねると、団地の「危機」がきっかけだった。
 それは1994年夏に佐世保市を襲った大渇水。この時、1日に水が使える時間が制限された。手洗いや加熱で大量の水が必要な食品工場にとっては死活問題。しばらくは各社で貯水してしのいだが、いよいよ水不足に陥り、井戸の掘削に踏み切った。
 同年12月24日。地下約800メートルまで掘り進むとようやく温水が湧き出した。「もう止めようという声が何度も上がった。まさにクリスマスプレゼントだった」と松尾さん。ところがいざ水質を調べてみると温泉と判明した。
 真水にするため、同組合は温泉の成分などを取り除く装置を設置。約半年後に給水を始め、今も団地内の12社がこの水を利用する。一方、装置の負担を減らすため、あえて処理しないものもある。これが「わくわく温泉」で提供される温泉水の正体だった。

 泉質は「美肌の湯」とされるナトリウム炭酸水素塩泉。100円で約60リットルを購入でき、「気持ちよかっちゃん」「これは良い」と地域に評判が広がった。近くのジャパネットホールディングスの福利厚生施設では浴室や足湯に活用。仕事終わりにスポーツで汗を流す社員らに親しまれてきた。
 掘削当初は戸惑った松尾さんも今では家族でわくわく温泉のファン。温泉水を張った風呂を目当てに孫も訪れる。「一つのコミュニケーションツール。生活に欠かせない」。妻の京子さん(73)は頬を緩めた。
 私も実際に試してみた。持ち帰った10リットルを浴槽に注ぎ、熱めの湯を加えて入浴。とろりとした肌触りは健在でのんびりと長風呂を楽しめた。知らないうちに気疲れしがちな今。心もじんわりと温まった気がした。

© 株式会社長崎新聞社