野村、衣笠、長嶋…野球の華“ダブルプレー”の歴史 通算併殺数は強打者ばかり

NPB通算併殺打で歴代1位の野村克也さん【写真:荒川祐史】

通算併殺打の歴代トップは野村克也の378

野球のダブルプレーとは、一連のプレーで2つのアウトを取ることだ。日本では「併殺」と訳される。ゲッツーとも呼ぶが、これは和製英語でアメリカでは通じない。

史上初のダブルプレーは、19世紀後半、走者一塁で内野に飛んだ小飛球を野手がわざと捕球せずに落とし、二塁、一塁と送球したものだった。以後、このプレーが流行したが、打者は防ぎようがないので、「インフィールドフライ(infield fly rule)」というルールができ、このタイプの併殺はなくなった。その後、内野手が連携するダブルプレーが行われるようになった。

ダブルプレーにつながる打球を打った打者には「併殺打」が記録されるが、併殺打は、どんな打球にでもつくわけではなく、ゴロによってフォースアウトが絡む併殺が成立した場合にのみ記録される。このため英語では(grounded into double play 略称GDP=併殺となったゴロ)と表記される。

ライナーを打って併殺が成立した場合や、外野フライでタッチアップをした走者がアウトになった場合などは打者には併殺打はつかない。また一連のプレーで3つのアウトを取るトリプルプレー(triple play 三重殺)もあるが、記録の上では打った打者には三重殺打ではなく、併殺打が記録される。なお、併殺打が成立する状況で野手が失策をして併殺にならなかった場合は、記録員の判断で打者に併殺打が記録される場合がある。このため1イニングに複数の併殺打が記録される可能性もある。

併殺打はチャンスを一瞬で消してしまうので、打者にとっては不名誉な記録ではある。しかし記録上は他の凡打と同様、打数が「1」増えるだけだ。ただしセイバー系の指標であるRCや、WARでは併殺打は特別にカウントされ、選手を評価するうえではマイナス要因となっている。併殺打は、左打者より右打者の方が圧倒的に多い。これは、右打席より左打席のほうが数十センチ一塁に近いことが影響しているといわれる。

○NPBの通算併殺打5傑
1 野村克也 378
2 衣笠祥雄 267
3 大杉勝男 266
4 長嶋茂雄 257
4 中村紀洋 257

左打者の最多併殺打は駒田徳広の229

本塁打歴代2位の野村克也をはじめ、右の強打者がずらっと並んでいる。強打者は打球が速い。強いゴロが内野手の守備範囲に飛んで併殺になることが多かった。ある意味で併殺打は「右の強打者」の勲章ともいえるだろう。左打者の最多併殺打は11位タイの駒田徳広の229だ。駒田は横浜時代の1994年にはセ・リーグシーズン最多記録の29併殺打を記録している。パ・リーグ記録は1989年、オリックス、ブーマー・ウェルズの34併殺打だ。ブーマーも右打者だ。

20世紀に入ると内野手が連携して併殺を取るプレーが、野球の見どころの一つになった。1900年代初頭、シカゴ・カブスの遊撃手ジョー・ティンカー、二塁手ジョニー・エバース、一塁手フランク・チャンスは、目にも止まらない併殺プレーを次々と成功させて「10万ドルの内野陣」と呼ばれた。3人はともに野球殿堂入りしている。

日本でも1リーグ時代の巨人、千葉茂、白石勝巳、昭和中期の阪神、鎌田実、吉田義男、巨人V9時代の黒江透修、土井正三など、併殺を量産してファンを沸かせた名二遊間コンビがたくさんいた。21世紀以降でいえば、中日の荒木雅博、井端弘和の「アライバコンビ」が屈指の名コンビだと言える。この2人が初めて二遊間コンビを組んだのは2002年のことだったが、2004年から6年連続でアライバコンビがゴールデングラブ賞を独占。毎年90個近い併殺を記録。この絶対的な守備力が、落合博満監督率いる中日ドラゴンズ躍進の大きな力となった。

1950年代に名コーチとして知られたアル・キャンパニスによって書かれた「ドジャースの戦法」には、ダブルプレーは「遊撃手がダブルプレーの球を二塁近くでとったときには、二塁手の顔をめがけてグラブをはめないほうの手でトスする」と書かれている。また走者をかわして一塁に送球する際は「二塁の内側に回って投げる」としている(いずれも内村祐之訳)。

このドジャースの戦法は、V9時代の巨人に取り入れられ、以後のNPBの野球の教科書となった。日本の内野手たちは、このセオリーに従って併殺を処理してきたが、現在のMLBでは、グラブトスはもちろんのこと、逆方向の態勢からのジャンピングスロー、ベアハンドでの送球など、さまざまなスタイルの併殺プレーが見られる。セオリーにとらわれず、自由な発想で新しい併殺プレーを次々と生み出しているのだ。

NPBでも近年は、アクロバティックな併殺プレーが見られるようになった。ダブルプレーも日々、進化しているのだ。(広尾晃 / Koh Hiroo)

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