「サッカーコラム」4点リードしても安心できない 「勝ち」に慣れていない下位チームに足りないものとは

横浜FC―湘南 前半、自身2点目のゴールを決め、跳び上がって喜ぶ横浜FC・松尾=ニッパツ

 例年通りのレギュレーションだったら、見る側にももう少し緊張感があったに違いない。8月15日のJ1第10節、17位横浜FCが最下位に沈む湘南と戦った。まだ前半戦とはいえ、本来なら最下位から抜け出す重要な一戦に位置づけられるはずだった。

 しかし、今シーズンに限っては、下位カテゴリーへの降格はない。新型コロナウイルスの影響を鑑みた特例措置が採用されたのだ。各チームとも目先の勝ち点だけに固執することなく、チームを成長につながる将来を見据えたメンバー起用が可能になる。

 そうはいっても、目の前の敵に敗れるというのはやはり気持ちのいいものではない。ましてやプロまで上り詰める選手たちは、負けず嫌いがそろっている。猛暑に負けない白熱した試合が期待された。

 9節を終えて1勝6敗2分けの横浜FCと、1勝7敗1分けの湘南。ともに2勝目をかけた試合は接戦が予想されたが、思わぬ展開となった。

 多少の運を味方にしたこともあって、立ち上がりから主導権も握ったのは横浜FCだった。開始3分に伊野波雅彦の縦パスを受けた一美和成が右サイドで粘り、マイナスのクロス。これをペナルティーエリア内の右で受けた松浦拓弥が左足でシュートした。湘南・大野和成に当たったボールはコースが変わりニアポスト際へ向かう。当初のシュートコースに反応して動きだしていたGK谷晃生の逆を突く形となりゴールに飛び込んだ。

 早い時間帯での先制点で精神的余裕が生まれたのだろう。横浜FCは湘南の高く保たれたDFライン裏のスペースを積極的に狙い始めた。前半15分にそれが実を結ぶ。

 自陣で縦パスを受けた一美が見事なターンをして繰り出したスルーパスが起点となった。これに反応したのが松尾佑介。謙虚に「抜け出すだけだった」と語ったが、ドルブルのコース取りが秀逸だった。左タッチライン際からDF岡本拓成をスピードで置き去りにすると、カバリングに入ったDF大野の進路の前に入り込んだ。ペナルティーエリアにいた大野はスピードを緩めるしかなかった。なぜなら、押し倒せば間違いなくPKだから。松尾はGK谷までも抜き去り無人のゴールに右足シュートを送り込んだ。

 ゴールが決まった瞬間、松尾は大きくジャンプして右拳を突き上げ、喜びを表現した。それもそのはず。これが自身のJ1初ゴールになったのだ。仙台大に在学した昨年は特別指定選手として横浜FCでプレーした。J2で21試合に出場。6ゴールを決めて、昇格に貢献した。

 しかし、J1では7試合に出場するもいまだ無得点。自嘲気味に「ゴールの喜びというのを忘れていた」と話す。それだけに覚悟を決めて試合に臨んでいたそうだ。「今日は絶対にゴールを決めるというイメージだけで試合に入った」と振り返る。

 そして、現実に結果を出したのだから、喜びは格別だっただろう。

 2点目のゴールの余韻が残っている前半17分、またも横浜FCに幸運が降り注ぐ。カウンターから松浦が抜け出してゴール前にクロスを送る。これがタックルに入った岡本の手に当たりPKを獲得。一美が冷静にゴール右に突き刺し3点目を挙げた。

 この日の横浜FCはこれで終わらない。前半20分には右サイドの松浦が湘南DFラインの裏のスペースを突くクロス。左から走り込んだ松尾がワンタッチのコントロールから強烈な左足シュートを放つ。角度のないところだったが、GKの頭上を見事に打ち抜き、自身にとって2点目となるゴールを決めた。

 前半での4点の大量リード。横浜FCの選手たちは試合をしていてさぞかし楽しかっただろう。一方で厳しいことを言えば、湘南には最後の最後での緻密さが欠けていた。

 例えば、最初の失点。クロスを抑えようとした大岩一貴のプレーは一美をブロックしたかに見えたが、ボール一個分パスコースが空いていた。シュートコースが変わるなど不運はあったが、最終ラインとGKの間にあるスペースを戦術的に埋めることができなかった。試合中に修正できていれば、大量失点を喫することはなかった可能性もある。

 同じことは後半の横浜FCにも言えた。後半19分に杉本竜士が信じられないクリアミスをして湘南の石原直樹に1点を返された。同31分にもFKから岡本にヘディングをたたき込まれた。アディショナルタイムに石原にクロスバーを直撃されるシュートを許すなど、その他にも多くのピンチを招いた。

 ハーフタイムを境に意識が守備に傾いたのだろう。だが、リードを守り切るという気概はほとんど感じられない。4点をリードした試合が、同点もしくは逆転という結末になっていても驚かない内容だった。

 「勝利」という結果を得られないチームは、たとえリードを奪ったとしても勝ちきる自信が持てない―。そんな一面が下位同士が相対したこの試合からは感じられた。その意味で考えさせられる試合だった。

 まあ、前半に4点を奪ったら普通は気が緩む。そんな状況で後半もゴールを重ねられるのは、バイエルン・ミュンヘンやドイツ代表みたいな「鉄のメンタル」を備えていることが条件なのかもしれない。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

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