帰ってきた登山電車

 

営業運転再開に向けて試運転する箱根登山電車の車両

【汐留鉄道倶楽部】箱根登山電車が帰ってきた。2019年10月の台風19号で被災し、長らく運休していた神奈川県箱根町の箱根湯本-強羅間が20年7月23日、営業運転を再開した。運休になってから約9カ月ぶり。単なる愛好家にすぎない筆者だって待ち遠しかったのだから、沿線の人たちはどれだけ待ちわびたことだろう。

 運転再開の当日は、電車に手を振る人々が沿線の各地で見られたというニュースがあった。中には「お帰りなさい」と書いたボードを掲げる人も。まさに箱根登山電車は「帰ってきた」のだ。

 地元の人たちの復旧への思いは強く、工事に傾けた情熱を箱根登山鉄道と共有した。同社は被災当初、復旧時期を「2020年秋頃」と見込んでいた。橋や路盤が流されるなどの大きな被害を受け、そもそも山間部の険しい地域だけに、難工事が予想された。

 ところが、沿線の理解と協力を得られて工事の時間帯を延ばせたことに加え、冬場の降雪や凍結が少なかったことも幸いして、大幅に前倒しできたそうだ。つくづく鉄道には沿線の応援が不可欠だと再認識した。

 ところで、筆者はこのようにテンション高めの表現をしておきながら、内容が伝聞ばかり。これには大きな理由がある。ちょうど運転再開の時期は、減りつつあった新型コロナウイルスの感染者が再び激増した時期と重なってしまった。

 某県知事が「東京の人は来ないでください」と発言したように、どこへ行っても東京都民は歓迎されない状況になった。東京都知事も都民に対して、23日からの4連休は不要不急の外出を控えるように呼び掛けた。

 そんなわけで、筆者はいまだに運転再開後の箱根を訪れていない。その代わり、運転再開の数日前に試運転の様子を見に行っていた。試運転を見に行った日は天気が良好だったこともあり、密にならない程度ながら、カメラを手にした撮り鉄さんが何人かいた。

 乗客のいない試運転の電車同士が、晴天の駅で交換する姿は異様だった。改めて運休という事の重大さを感じた。撮り鉄たちは皆、走る電車を自分の目で確かめて、運転再開への期待を膨らませたことだろう。

 もちろん運転再開の当事者である箱根登山鉄道と小田急電鉄も大喜びだ。登山電車の記念ヘッドマークは「再会 ありがとう」と再び会える喜びと応援への感謝を表現した。ぜひ電車に掲げている間に見に行きたい。

 運転再開の記念乗車券は「発売枚数が少ない」とあきらめていたが、現金書留で21年2月28日到着分まで、通信販売を受け付けている。これだけ長期間、受け付けるのは異例のことだろう。記念グッズの種類が多いことにも驚いた。定番のキーホルダーから缶バッジ、傘に取り付ける飾り、山の中を走る電車のインテリア。箱根に行ける日が来たら、買って応援したい。

 さらに、公式ページで公開した記念ムービーだ。主人公は箱根登山電車に乗るのを楽しみにしている少年。わくわくした気分が一転、台風で被災した登山電車の惨状をニュースで見て、絶望のまなざしに。やがて運転を再開した登山電車に乗って楽しい家族旅行へ。子役の表情がよかった。「もしかしたら被災から復活までを描くドキュメンタリー映画の布石か」と思える力作だ。

 小田急電鉄も負けてはいない。運転再開当日に臨時特急ロマンスカー「おかえり登山電車号」を運行させた。1本限りの列車だったこともあり、筆者のように仕事のため見に行けなかった人は多いだろう。

快速急行新宿行きとして小田急線を走る赤い1000形電車。写真にある箱根登山電車の試運転車両と同じ色をしている。

 そんな人に朗報があった。いつもは箱根登山電車の小田原-箱根湯本間を走っている赤色の1000形4両編成を、小田急の定期列車として小田原線、江ノ島線、多摩線で走らせるという企画だ。これは予想していなかった。

 赤い1000形は小田急の車両でありながら、事実上の箱根登山電車の専用車といえる。大げさに言えば「登山電車が新宿に来る」ということになる。見に行かない手はない。期間は8月1日から31日までの1カ月という長期間だが、思い立ったら吉日。初日に新宿付近の沿線へ繰り出した。

 いざ目にすると、赤い電車の「快速急行新宿行き」は思っていたよりも新鮮だった。もちろん企画の狙い通りに、箱根を訪れたいという気持ちが高まったのは言うまでもない。

 ☆寺尾敦史(てらお・あつし)共同通信社映像音声部

 ※汐留鉄道倶楽部は、鉄道好きの共同通信社の記者、カメラマンが書いたコラム、エッセーです。

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