F1ではどこからが「コピー」と見なされるのか 「レーシングポイント」に罰金など課される

レースで先行するメルセデスのバルテリ・ボッタス(右から2台目)を追走するレーシングポイントのセルヒオ・ペレス(同3台目)(C)Mercedes

 うまくなるにはまねから始める―。スポーツに限らず、広く言われていることだ。一流を知る。そして、そのまねをすることで早く上達できる。そんな経験を感じたことがある人もいるのではないか?

 しかし、それが行き過ぎると「コピー」となる。場合によっては懲罰の対象となる。人間ならば、どれだけ形態模写を極めたとしても本人と同じになることはない。一方、技術や製品の場合、コピーは競合他社の開発資金や開発期間を不法に奪った不正行為とみなされる。それでも、コピー、つまりスパイ行為はなかなか無くならない。

 モータースポーツの世界では、ライバルたちを“スパイ”して手に入れた技術からインスピレーションを得たとしても一定の範囲内であれば違法とされない。インスピレーションを日本語にすると「直感的なひらめき」。境界はとてもあいまいだ。もちろん、あからさまな不法行為には大きな懲罰が加えられる。そんな事件が先日、F1で発生した。

 事件の主役は「レーシングポイント」。もともとはエディ・ジョーダンが設立したチームで、F1には1991年から「ジョーダン・グランプリ」として参戦した。共に最多の通算勝利91と7度の年間王者をマークした名ドライバーのミハエル・シューマッハーがF1デビューしたチームとして知られる。また、通算4勝を挙げるなど90年代に参戦開始した新興チームの中では最も成功した一つでもある。

 日本のファンにとっては、ホンダからエンジン供給を受けていた2002年に佐藤琢磨がF1参戦を果たしたチームとして記憶されているのではないか。05年1月にジョーダンの手を離れるとオーナーが毎シーズンのように変わった。06年は「ミッドランド」、07年は「スパイカーMF1」。そして、08年からは「フォース・インディア」とチーム名も変遷。そして、19年シーズンからはレーシングポイントとなっている。

 今シーズンは好調を維持しており、第6戦を終えた時点で製造者部門の3位につけている。同部門で首位のメルセデスにこそ及ばないものの、2位のレッドブルとは良い勝負ができる速さを見せている。

 別の意味でも注目されていた。マシン形状が昨年のメルセデスにそっくりなのだ。それゆえ、パドックでは「ピンクメルセデス」と呼ばれているほどだった。加えて、メルセデスF1チーム代表のトト・ウォルフが、チームのオーナーである実業家ローレンス・ストロールが所有する豪華ボートで一緒に休暇を取るほど昵懇(じっこん)の仲でもある。

 そのため、2020年のシーズン前テストから次のような疑惑が持たれていた。

 「メルセデスからレーシングポイントに車両データなどが渡されているのではないか?」だ。

 そして、7月12日に決勝が行われたシュタイアーマルクGP終了後、ルノーがレーシングポイントのマシンがメルセデスのブレーキダクト形状を直接コピーしているとして世界自動車連盟(FIA)に提訴した。これを受けて関係者への聞き取りなど調査したFIAは8月7日、ルノーの提訴を全面支持する調査結果を公表した。

 同時に、レーシングポイントのマシン1台あたり20万ユーロ、合計40万ユーロ(約5千万円)の罰金と、今シーズン獲得した製造者部門のポイントを1台あたり7.5ポイント、合計15ポイント☆(刈のメが緑の旧字体のツクリ)脱する裁定を発表した。

 罰金約5千万円と聞くと驚いてしまう。だが、マクラーレンのチーフデザイナーがフェラーリのチーフメカニックを通じてマシン設計図などの機密事項を取得した産業スパイ行為は07年に起きた。この事案では罰金1億ドル(当時で約115億円)を課すとともに獲得した全ての製造者部門ポイントを☆(刈のメが緑の旧字体のツクリ)脱した。

 今回、違反と認定されたブレーキダクトは昨年までは合法。違反対象になったのは今季からだ。ルノーはそこを突いて提訴したと考えられる。つまり、レーシングポイントはブレーキダクトだけではなく、事実上のセカンドチームとしてメルセデスと多くのデータを共有しているに違いないと多くのチームが確信していた。そして、違反に引っかかる場所を実際に見つけ出した形だ。

 レッドブルとアルファタウリのように同じ資本下にあるチームなら対応は違ってくるのうだろう。しかし、レーシングポイントとメルセデスの間に資本関係はない。それだけにライバルたちは今回のコピー行為に対して厳しい態度で臨んでいる。

 技術者の引き抜きや外部カメラマンを使って各パーツ類を撮影する―。F1において、こんなことは日常茶飯事だ。今回は明らかに一線を越えてしまった。

 F1には「魑魅魍魎(ちみもうりょう)」が跋扈(ばっこ)する、異常とも言える一面が確実に存在している。マシンが300キロを超える超高速で激しくバトルするレースを見るだけでも十分に楽しめる。だが、このような裏の面を知ることでより面白さが増すのも事実だ。(モータースポーツジャーナリスト・田口浩次)

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