新型コロナ、授乳はどうすればいいの? 「母乳で陽性反応」に不安の声

コロナ禍の中、母乳育児をしている女性と娘

 7月9日、ツイッターのタイムラインにこんなニュースが流れてきた。

 「PCR検査で、新型コロナウイルス陽性患者の母乳から陽性反応」

 新型コロナに感染したら、ウイルスは母乳にも及ぶということだろうか?赤ちゃんへの影響は?疑問が次々と浮かぶ。ツイッター上には育児中の母親とみられるたくさんのつぶやき。「念のためミルクにした方が安心かな」「わが子に与えるの怖い…」。日本中で連日、感染者が増え続け、多くが無症状となれば、誰もが「自分は感染していない」とは言い切れない。ネットで関連情報を探しても、授乳継続の適否ははっきりしない。どうすればいいのか調べた。(共同通信=山口恵)

 ▽PCR陽性

 まず、ニュースになった和歌山県の担当部署に聞いてみた。PCR検査で新型コロナの陽性反応が出たのは県内の20代女姓。感染が分かり、4月に入院した。当時、乳腺炎を起こし、熱も出ていた。乳児の娘への授乳を望んだため、母乳を検査したところ陽性と判明。2日後に再検査した際は陰性だったという。

ツイッター上に、母乳でPCR検査陽性のニュースが流れると多くの反応があった(画像を一部処理しています)

 和歌山県はウイルスが検出された理由として、乳腺炎のため、血液中のウイルスが母乳中に漏れ出た可能性があると考えている。母乳は主に血液を材料とし、乳房にある乳腺で作られるためだ。県は一方で、母乳を採取する際にウイルスが混入した可能性も否定できないとしている。

 ▽母乳感染なし

 母子保健に詳しい医師にも取材した。母乳育児を支援するNPO法人日本ラクテーション・コンサルタント協会(JALC)代表で国立成育医療研究センター新生児科医の和田友香(わだ・ゆか)さんは「現段階で母乳を介して感染したとの報告はない。また、PCR検査はあくまでウイルスの有無を調べる検査。感染力のある生きたウイルスがいたことを証明するものではない。『陽性だから即危険』ではないことを知ってほしい」と話してくれた。

 世界保健機関(WHO)も、母親が陽性と判明しても、重症でない限り乳児から引き離すのではなく、感染予防対策をしっかりした上で、直接の授乳や搾乳の継続を推奨している。子どもは重症化する危険が低いとされ、母乳には多くの感染症から赤ちゃんを守る免疫物質や栄養が含まれるなどの利点があるためだ。

世界保健機関(WHO)

 JALCによると、世界の他の専門機関を見ても、新型コロナに感染した母親の母子同室や直接の授乳の是非に関し、「推奨」「母親が医療者らに相談して決める」などと前向きなスタンスのところが多いという。

 日本政府はどうか。厚生労働省のホームページでは一般向けの分かりやすい記載は見つからなかった。取材すると「母乳から子どもに『垂直感染』するとの報告は現時点では確認していない。母乳をあげる際は、飛沫(ひまつ)や接触感染に十分注意してほしい」と担当者が回答した。

 ▽見解

 ただ、専門団体の見解は微妙に食い違うように見える。日本産科婦人科学会などは「母乳にウイルスが含まれるとの報告もあるため、(母親が感染者の場合)生後1カ月までの新生児は完全な人工栄養で育てる。母子ともに陰性になるまで、接触は避ける」との見解を示している。一方、日本小児科学会は「感染を避けるため直接の授乳は避ける必要があるが、母親の状態が安定していれば搾乳した母乳を与えることは可能」との考えだ。

 こうしたさまざまな情報について、当事者の母親はどう感じるだろう。都内で生後11カ月の長女を母乳で育てている女性会社員(38)に聞くと「ちょっと分かりにくい。娘は粉ミルクや哺乳瓶が苦手なので、今後もできる限り母乳で育てたいけれども…」と困惑した様子で話した。

授乳前にくつろぐ親子

 ただでさえ、子育ては迷いや選択の連続だ。母乳育児をするか・しないか。母乳が出るか・出にくいか。やめるタイミングはいつか?…。実際に体験しないと分からないことが多い上、子どもの個性もあって一筋縄ではいかない。周囲のなにげない一言に戸惑ったり、傷ついたりすることも多い。

 ▽結局どうすれば?

 実際母親が感染した場合、赤ちゃんとの肌の触れ合いで飛沫や接触感染のリスクが高まるため、母乳やミルクを飲ませる場合は、手洗いやマスクの使用など細心の注意が必要だ。感染が拡大する中、医療機関の方針や、医療現場の余力との兼ね合いもあるだろうが、症状が重ければ、他の健康な人にミルクや搾乳した母乳をあげてもらうケースも出てくるかもしれない。

 一時的にミルクを使う場合は、治療と並行して定期的な搾乳が欠かせない。乳腺炎や母乳分泌の低下を防ぐためだ。赤ちゃんが吸ったり、搾乳器を使ったりする刺激がなければ、母乳はいずれ止まる。手や搾乳器でまんべんなく搾乳できれば良いが、搾り残しが続くとしこりや痛みにつながることもあり、正確な知識に基づく細かい調整が必要。個人差が大きいが、一度止まった母乳分泌を再び軌道に乗せるのはとても根気のいる作業だ。

 新生児科医の和田さんは言う。「お母さんが安心して子育てできることが大事。医療機関は母親の感染イコール母子分離や人工栄養(粉・液体ミルク)利用と機械的に対応するのではなく、体調が許す場合は『感染予防を徹底した上で母乳育児を続ける選択肢も示す』など母親の気持ちに寄り添う対応が必要」

国立成育医療研究センターの和田友香医師(本人提供)

 また、和田さんは、これまで母乳育児を続けてきた人が、発熱で新型コロナ感染を疑い、「念のため」いったんミルクに切り替えることには反対だ。「乳腺炎による発熱の可能性もあり、その際は搾乳しないと悪化する。自己判断せず支援を求めてほしい」と訴えた。

 JALCはWHOなどの専門機関が出した英文資料を随時、和訳してホームページで公開。医師が作成した、感染・感染疑いの場合の、搾乳の手順マニュアルも掲載している。連携するNPO法人のラ・レーチェ・リーグ日本も電話やLINEで母乳育児に関する無料相談を受け付けている。

JALCのホームページはこちら

https://jalc-net.jp/covid19_jalc.html

ラ・レーチェ・リーグ日本のホームページはこちら

https://llljapan.org/tel.html

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