唯一無二な歌声の魅力、斉藤由貴はまるでシャーマン 1985年 2月21日 斉藤由貴のデビューシングル「卒業」がリリースされた日

群を抜く美少女、斉藤由貴のテレビデビューは青春という名のラーメン

きゅっと結ばれたポニーテールに制服姿。大きな瞳でじっと一点を見つめて少女がつぶやく。「胸騒ぎ… ください」。

1984年、明星ラーメンのCMでテレビデビューを果たした斉藤由貴。その美少女ぶりは当時のアイドルの中でも群を抜いていた。清純な中に凛とした強さを持つ高潔な雰囲気。特に強い目力は彼女の大きな魅力のひとつだった。焦点が定まらないような目で、ぽわ~んとした視点ながら、じっとこちらを見つめてくるあの黒目がちな零れ落ちそうな大きな瞳。その瞳は常に涙をためているかのように潤んでいる。

こんな目で見つめられたら誰もが恋に堕ちてしまいそう。そのためなのか、当時の映像では彼女の目に吸い込まれていくようにカメラがぐっと寄っていくカメラワークが多くみられた。清純な雰囲気の中にも人を狂わせるような魔性のようなところもあって、アイドルとは一線を画した不思議な魅力を持った存在、それが斉藤由貴だった。

偶然、CMを見た詩人の銀色夏生は、「この子に曲の歌詞を書きたい」と直接、事務所に電話して、「彼女は歌を唄いますか」と尋ねたというエピソードがある。このときすでに曲が準備されていて銀色のオファーは叶わなかったが、のちに「AXIA ~かなしいことり~」という曲を銀色が作詞・作曲を担当し共演を果たした。この曲は今でもファンの間で高い人気を誇っている。

1985年のデビューシングル、冷静で達観した卒業ソング

さて、1985年のデビュー曲「卒業」は、今でも卒業ソングの定番曲として愛されている名曲だ。同時期にリリースした菊池桃子の「卒業」が初々しい恋を描く一方で、斉藤由貴の「卒業」はとてもシニカルだ。

 セーラーの薄いスカーフで
 止まった時間を結びたい
 だけど東京で変わってく
 あなたの未来は縛れない
 ああ卒業式で泣かないと
 冷たい人と言われそう
 でも もっと哀しい瞬間に
 涙はとっておきたいの

“卒業” という別れを「好きな人との別れは悲しいけれど、それも仕方のないことね」と言う達観した少女。いまだかつて、こんなに冷静で達観した卒業ソングは聴いたことがない。ちなみに歌詞は松本隆、曲は筒美京平のゴールデンコンビ。何度も打ち合わせを重ねて彼女のイメージに合わせて作られたというこの曲は、アンニュイな雰囲気を持つ斉藤のイメージにぴったりだった。

2015年に歌手デビュー30周年を迎えてリリースしたアルバム『ETERNITY』の歌声を聴いて、「やっぱり私、歌下手じゃん」と語っていた斉藤だが、彼女の歌の魅力は技術力にあるわけではないと思う。ビブラートとはまた違った独特な歌声の揺れは、聴く人の心を心地よくさせると同時に、心を苦しくさせる “せつなさ” の装置だ。

そして、どこまでも澄み渡る透明感のある歌声は、誰にも真似できないスピリチュアルな雰囲気を作り出す。これは天性のもので、技術力で真似できるものではない。プライベートで信仰心を持つ斉藤のスピリチュアルさと神聖な空気が、歌声に表れているのかもしれない。

アイドルからアーティストへ、そして有名ミュージシャンとの恋

「卒業」に続き、ドラマ『スケバン刑事』の主題歌で玉置浩二が作曲した「白い炎」を凛々しく歌い上げ、「初戀」では優しさと温かさを、「情熱」ではせつなさを表現。次々とヒットを飛ばしたこの時期をアイドル期とするならば、1989年の井上陽水の「夢の中へ」のカバー曲に挑戦した前後は、アーティスト期といっていいだろう。

自らのアーティストとしての資質に目覚め、歌詞も手掛けることが増え、女優としての活動はもちろん、詩集やエッセイなど何冊もの本を綴った。さらに有名ミュージシャンと恋に落ちた時も、彼宛ではないかと思われる言葉を赤裸々に詩やエッセイ、楽曲に綴り、彼もまた彼女に宛てたのではないかと思われる文章や曲を作って応えた。それはまるで2人の会話のようで、触れるたび胸が苦しくなった。道ならぬ恋はバッシングの標的となり、会見を開いた斉藤は、ひるむことなく真っすぐリポーターを見つめて言った。

「彼と私は同志みたいな感じ」

この言葉を聞いたとき、「あぁ、なるほど… そうだよね…」と思ったことを今でもはっきり覚えている。はたから見ても2人が惹かれあう理由はよく理解できた。互いのアーティストとしての魂が、強く磁石のように惹かれあってしまったのだと思う。もしもソウルメイトというものがあるとしたら、2人はきっとそうだったのだと今でも思う。この恋を支持するファンが多かったのも、そうした二人の深い絆が伝わっていたからなのだろう。

今の彼女は女優としての側面が強く、歌を歌っていたことを知らない人も多いのではないだろうか。“斉藤由貴の歌声のファン” としては、たくさんの名曲と豊かな表現力を持った歌声をもっともっと聴かせてほしい。シャーマンのような斉藤由貴の歌声は、唯一無二のものなのだから。

カタリベ: 村上あやの

© Reminder LLC