新出生前診断、急速に広がる「市場」 無認定施設が無秩序に増える恐れ、戸惑う妊婦

 「ダウン症は生まれる前にわかります」「希望に合わせたプランで低価格を実現」―。インターネット上には、こうした宣伝文句が踊る。日本医学会の認定を受けていないのに妊婦の血液から胎児の染色体異常を調べる「新出生前診断」を提供する民間クリニックが急増している。一方で、十分な説明を受けないまま検査を受けて、結果に困惑した妊婦が学会の認定施設に駆け込むケースも相次ぐ。学会や国は抜本的な対策を打てておらず、無認定施設が「無秩序」に広がり続ける可能性もある。(共同通信=岩切希)

 ▽短期間で倍増

 新出生前診断は、妊娠10週以降の早い時期に妊婦の血液を採取し、その血液に含まれる胎児に関連するDNAの断片を解析してダウン症など3種類の染色体異常を調べる。認定施設でつくる「NIPTコンソーシアム」が7月上旬にインターネットで調べたところ、無認定施設は民間クリニックを中心に全国で135施設あった。厚生労働省の調査では昨年11月時点で54施設だったが、短期間で2倍以上になり、40都道府県の109ある認定施設数を上回った。

新出生前診断で妊婦の採血をする病院職員=2013年4月、東京都品川区の昭和大病院

 調査によると、無認定施設があった地域は東京や大阪などの都市部が中心。このうち診療科が不明だったのは78施設で、「内科」や「形成外科」「美容外科」など産婦人科以外は55施設あった。

 新出生前診断は2013年に臨床研究として始まり19年に一般診療に移行した。「安易な命の選別につながる」との指摘もあり、学会は、専門家による遺伝カウンセリングを行う体制が整った病院でのみ実施を認めてきた。

 その一方で、日本産科婦人科学会(日産婦)の指針に従わずに検査を行う無認定施設が増加している。違法ではないが、検査の件数や精度などもよく分かっておらず、説明が不十分で妊婦が戸惑うトラブルが問題となっている。業界関係者によると、近年は中国から訪れる人もいるという。

 ▽地方へ進出も

 「新出生前診断に対する世の中のニーズを見れば、無認定施設の市場は拡大するだろう」。首都圏を中心に事業を展開する美容系クリニックで新出生前診断の部門の運営を担う男性は、こう強調した。

 このクリニックでは、日産婦の指針で認められていない性別判断も提供しており、年齢制限もない。週末も対応可能で、高い利便性と受診料の安さが売りだ。

 認定施設ではカウンセリング費用も入れて20万円前後かかるが、この施設はダウン症の診断の場合5万円程度。結果はメールで通知し、カウンセリングは希望者にのみオンラインで実施する。採血した検体の検査は国内で新たに設けた検査所で行う。「海外の検査会社に委託するよりロスが少ない」ためだ。

 受診者の平均年齢は34歳で検査数は増加傾向にあるという。沖縄や北海道から来る人もいるため、需要を見込んで認定施設が少ない地方への進出に向けた準備も進めている。「客がどれだけいるかを見ながら、拡大していきたい」

 ▽駆け込む

 新出生前診断は採血だけで検査できるため、産婦人科医がいなくても実施できる。無認定施設は16年ごろから現れ始めたが、多くが産婦人科ではないため、導入に際し、日産婦がまとめた指針で規制するのは難しいのが実情だ。

 一方、拡大の勢いが増す中、厚生労働省が7月に開いた有識者会合では、認定施設に所属する委員から、無認定施設によるトラブルに関する報告が相次いだ。

 東京女子医大の斎藤加代子(さいとう・かよこ)特任教授は「メールだけで検査結果が届いて、どうしたらよいのか困り、認定施設に駆け込む妊婦が多い」と指摘。昭和大の関沢明彦(せきざわ・あきひこ)教授は、遺伝情報を網羅的に調べる検査を取り入れるようになったことで、検査結果を十分に説明することができず、認可施設へ妊婦を紹介する事例が増えつつあると説明した。

 ▽揺らぐ指針

 指針では、産婦人科医と小児科医が常時勤務している上に、どちらかが臨床遺伝専門医の資格を持つことなどを新出生前診断の実施を認める条件としてきた。この結果、現在の認定施設は大規模な病院が中心で、規模の小さな開業医では実施できない状況に置かれてきた。

 日産婦関係者によると、学会内部にも実施を希望する開業医はいる。「周産期医療に詳しい自分たちが『待て』と言われて、美容外科が山ほど検査している現状はおかしい」との声が出るなど、従来の指針で縛るのが難しくなっているという。

 日産婦は、妊婦が認定施設で適切なカウンセリングを地域差なく受けられる環境を整えようと、要件を緩和し、開業医でも検査を実施できるようにする新指針を19年に発表した。

新出生前診断の実施指針の一部改定について記者会見する日本産科婦人科学会の木村正理事長(左端)ら=6月20日、東京都千代田区

 しかし、日本小児科学会や日本人類遺伝学会が反発したため、厚労省が運用を凍結。日産婦は20年、両学会の意見を踏まえて、小児科医との連携を強める形で指針を再改訂した。厚労省の判断を待って運用を始めるとしている。

 一方で、障害がある人の親や妊婦などの当事者も入れて議論するべきだとの異論もあり、厚労省はさらに在り方に関する議論を進める方向だ。結論が出るには、もうしばらく時間がかかる見通しだ。

© 一般社団法人共同通信社