ローリング・ストーンズのアップデート術「刺青の男」は70年代のアウトテイク 1981年 8月24日 ローリング・ストーンズのアルバム「刺青の男」がリリースされた日

いわば裏ベスト、70年代ストーンズのアウトテイク「刺青の男」

ザ・ローリング・ストーンズは、2019年6月21日からシカゴを皮切りに『ノー・フィルター』US &カナダ・ツアーをスタートした。しかし、オリジナル曲をレコーディングしたニューアルバムは、2005年の『ア・ビガー・バン』以来リリースされていない。

音楽だけでなく、映画や文学や、絵画や、色んなジャンルで、ベテランになればなるほど新作が出せずに、作品毎のインターバルが長く空くことが多々あるものだ。しかし、ストーンズはその限りではないようだ。たとえば、彼らが1981年に出したアルバムに『刺青の男(Tattoo You)』がある。本作は、70年代のストーンズのアウトテイクを集めたアルバムで、いわば裏ベストだ。ワールドツアーの前に、ニューアルバムを出しておく必要があった1981年当時のスト-ンズは、かつてレコーディングしたが、棚上げになっていた膨大なアウトテイクに着目した。

このアルバムの仕上がりは、80年代初頭のトレンドだった “Back To 60’s” をベースに、先入観なく愉しんで聴くことができる。しかし、後から判明した制作時の秘話をチェックしながら聴くと、より興味深く聴くことができ、今のストーンズの活動の礎を作った重要な1枚であることが実感できる。3つほどエピソードを挙げてみよう。

① 豪華な参加ミュージシャン、まさかのソニー・ロリンズも参加!

1970年~1972年に録音された「トップス」や「友を待つ(Waiting on a Friend)」は、ミック・テイラーやニッキー・ホプキンスがしっかりと参加している。また、ジャズファンでもあるチャーリー・ワッツに「まさか?」と訝しがられながらも、ミック・ジャガーは、テナーサックスの巨人、ソニー・ロリンズをスタジオに招き入れて、「友を待つ」のアウトロにサックスソロを付け加えさせた。

② 冒頭の「スタート・ミー・アップ」はレゲエだった?

「友を待つ」は、ミック・テイラーの脱退後に、後任ギタリスト探しのセッション音源で、ウェイン・パーキンスがひっそりとギターを弾いているほか、ビリー・プレストンもバックを支えている。冒頭の「スタート・ミー・アップ」も、延々レゲエヴァージョンを試した後に、1回だけ試したロックンロールヴァージョンのテイクを、キースが思い出して発掘したものだ。

③ ストーンズらしさ全開、ミックスはボブ・クリアマウンテン

『女たち(Some Girls)』に収録されていても遜色ないナンバー「ハング・ファイヤー」や、ロン・ウッドの名前が初めて作曲クレジットに載ったブルージーなナンバー「黒いリムジン(Black Limousine)」など、これぞストーンズといえるナンバーが揃っている。そして、当時急激に腕を上げつつあったミキサー、ボブ・クリアマウンテンを起用。アルバム全体を81年当時のトレンドにフィットするようフィニッシュしたのは、勿論ミック・ジャガーの采配だ。

まさに魂のアップデート、ローリング・ストーンズに苔は似合わない

2010年、2011年、2015年、とオリジナルアルバムが出ない時期を穴埋めするかのように、70年代の傑作である『スティッキー・フィンガーズ』『メイン・ストリートのならず者(Exile on Main St.)』『女たち』のアウトテイクがリリースされている。曲によっては、オリジナルのセッションから約40年を経て、ミック、キース、ロニー、ミック・テイラーが追加レコーディングを施している。『刺青の男』を制作した時の経験が見事に活かされたのだ。

それは、彼らのキャリアの中で一番テンション高く創作していた時期の気分を、改めて今現在の自分たちの中にインストールし、創作意欲を高めていくという手法であり、いうなれば “魂のアップデート” だ。

それがさらに発展し、2016年には、実質3日で録音した、ブルース・カバーアルバムの『ブルー&ロンサム』を、また2020年5月8日には、遂に8年ぶりの新曲「リヴィング・イン・ア・ゴーストタウン」をリリースした。メンバーそれぞれが70代という、老いては益々さかんな彼らが鳴らすロッキンブルース、そしてワールドツアーを、心して待ちたい。

“A rolling stone gathers no moss”

「転がる石に苔は生さない」という意味のことわざで、国や地域によって解釈は様々あるようだ。それでも、ローリング・ストーンというワードにちなんで、どうしても反応してしまうのは、ストーンズがライブツアーに向けたリハや、レコーディングで試行錯誤する姿を的確に表現しているように聞こえるからだ。ストーンズに苔は似合わない。全くその通りだと思う。

※2019年6月19日に掲載された記事をアップデート

カタリベ: 海老沼大輔

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