山本寛斎さんが夢見たスカイライナーの「次」 「鉄道なにコレ!?」第12回

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

「成田スカイアクセス」を駆ける京成電鉄のスカイライナーAE形=2017年8月、千葉県鎌ケ谷市

 世界を舞台に活躍したファッションデザイナーの山本寛斎さんが7月21日、亡くなった。デザインした京成電鉄の京成上野(東京)―成田空港間を結ぶ特急「スカイライナー」の現行車両「AE形」は、優れたデザインに贈る2010年のグッドデザイン賞を、翌年には鉄道愛好家団体「鉄道友の会」の最優秀賞「ブルーリボン賞」を受賞。人気車両となり、鉄道車両のデザインに異分野の専門家を起用する動きを加速させた。筆者がお目にかかった際、山本さんはスカイライナーの「次」への夢を語っていた―。(共同通信=大塚圭一郎)

 ▽フェラーリのデザイナーも“参戦”

 近年登場した人気鉄道車両には、スーパーカーを手掛けた工業デザイナーや、建築家ら異分野のプロの“参戦”が目立つ。今年3月14日のダイヤ改正でデビューしたJR東日本の東京駅・新宿駅(東京)と静岡県の伊豆半島南部の伊豆急下田駅を結ぶ特急「サフィール踊り子」の新型車両「E261系」をデザインしたのは、イタリアのスーパーカー「フェラーリ・エンツォ」を手掛けた工業デザイナーの奥山清行氏だ。

 奥山氏は米国大手自動車メーカー、ゼネラル・モーターズ(GM)のチーフデザイナーや、ドイツの高級車メーカー、ポルシェのシニアデザイナーを歴任。イタリアのピニンファリーナの在籍中に名車の呼び声が高いフェラーリ・エンツォを設計した。

現在は特急「サフィール踊り子」として活躍するJR東日本のE261系。試運転中に東海道線湯河原駅に停車している様子=2020年1月、神奈川県湯河原町

 斬新なスーパーカーを生み出した奥山氏だけに、メタリックブルーを基調にしたE261系の外観はスポーツカーのような格好良さだ。天井の両側に並んだ天窓から太陽光が降り注ぐ開放感のある雰囲気の中で、伊豆半島を走行中にコバルトブルーの太平洋を見渡せる。

 新型コロナウイルスの感染拡大で旅行需要が落ち込んだ逆風下のデビューとなったが、全ての車両がグリーン車以上で座席同士の間隔が広いためソーシャルディスタンス(社会的距離)に対応済み。中でも伊豆急下田駅側の先頭車となる「プレミアムグリーン車」は、設けられた座席が横に2列のみの全20席。4列あるのが一般的な在来線特急用普通車の半分だ。また本革でしつらえてある座席はボタンを押すだけで背もたれを倒したり、フットレストを動かしたりできる。

JR東日本の「サフィール踊り子」E261系や、豪華寝台列車「トランスイート四季島」のデザインを手掛けた奥山清行さん=2017年3月、東京都台東区の上野駅

 奥山氏は同じJR東日本が17年5月に導入した総事業費約100億円(関連費用含む)の豪華寝台列車「トランスイート四季島」のデザイナーとしても知られる。運行開始前の内覧会で奥山氏を取材すると、トランスイート四季島は「モダンな和」をコンセプトにしたとして「日本が持つ、とてつもない未来の可能性を表現したかった」と力説していた。

 スーパーカーから活動の場を広げた世界的デザイナーは、活躍の舞台を広げて鉄道車両にも「とてつもない未来の可能性」があることを作品で示している。

 ▽建築家の車両、2年連続の最優秀賞

 鉄道友の会の20年のブルーリボン賞に輝いたのが、西武鉄道が19年3月に運転を始めた特急用車両「Laview(ラビュー)001系」だ。先頭部に大きな球面形状ガラスを設け、客室に縦1・35メートル、横1・58メートルの大型窓を並べた「いままでに見たことがない新しい車両」(西武鉄道)をデザイン監修したのが、建築界のノーベル賞と称されるプリツカー賞の作品に携わった建築家の妹島和世氏だ。

西武鉄道の特急「ちちぶ」として運用中の「Laview(ラビュー)001系」=2019年7月、東京都西東京市

 今年3月からは池袋駅(東京)と西武秩父駅(埼玉県秩父市)をつなぐ特急「ちちぶ」をはじめ、池袋線・西武秩父線で定期運行する全ての特急電車がラビューに統一された。

小田急電鉄のロマンスカーGSE=2019年5月、神奈川県海老名市

 建築家が手掛けた車両がブルーリボン賞を受けたのは、2年連続だ。前年に輝いた小田急電鉄の特急用車両「ロマンスカーGSE70000形」(18年運転開始)に携わったのは、関西国際空港(大阪府)の旅客ターミナルビルの設計などで活躍してきた岡部憲明氏。運転席を2階に設け、1階部分の先頭から見渡せる前面展望席を05年登場の「ロマンスカーVSE50000形」から磨きを掛けたのが売りだ。

小田急電鉄のロマンスカーVSE50000形=2012年1月、神奈川県

 同じく岡部氏が参加した06年のブルーリボン賞を受けたVSEは先頭部がシャープな流線形で、デビューから15年を経た白い車体は沿線景色にすっかり溶け込んでいる。岡部氏を取材した際、GSEは赤を基調にして先端の形状がやや丸みを帯びた形状にしたと説明して「VSEとGSEは貴公子と貴婦人のカップルのようだ」と目を細めていた。

小田急電鉄のロマンスカーGSEのデッサンの前に立つ岡部憲明さん=2018年3月、東京都中央区

 岡部氏は欧州で活動していた際に自動車や客船の設計に関わっており、そうした豊富な経験を買われて小田急から声が掛かった。小田急のグループ会社で、昨年10月の台風19号で被災し、今年7月23日に約9カ月ぶりに全線で再開した箱根登山鉄道の車両「3000形・3100形アレグラ号」も担当している。岡部氏は「鉄道をはじめとした動くものが好き。ぜひまた列車を設計したい」と意欲を示しており、今後もスマートな外観と優れた眺望を両立した車両を生み出すことが期待される。

 ▽スカイライナーの「次」に意欲

 このように自動車や建築といった異分野のデザイナーが手掛けた鉄道車両が広がってきたが、旋風を巻き起こした1人が京成のスカイライナーAE形を手掛けた山本寛斎さんだ。京成高砂(東京)と成田空港をつなぐ短縮ルート「成田スカイアクセス」の開通に伴って導入されたAE形は国内在来線で最も速い最高時速160キロで走り、今年7月17日で10周年を迎えた。日暮里(東京)と空港第2ビルの所要時間を最短36分で結び、「成田空港は遠い」という消費者イメージを変えるゲームチェンジャーとなった。

 「風」をコンセプトにしたAE形の外観は白をベースに正面部分などを紺色にし、スピード感を体現した流線形にした。「凛」をモチーフにした車内は、床の模様に日本の伝統柄「市松模様」をアレンジして波を表現するなどブルーの内装が美しく、待ち受ける空の旅への期待感を高めてくれる。

新型スカイライナーのデザインを発表する山本寛斎さん(右から2人目)=2008年4月、東京都内のホテル

 新型コロナの影響で1年延期された20年東京五輪・パラリンピックのエンブレムは青がベースで、市松模様をモチーフにしている。来日する選手や観客を成田空港から運ぶ特急列車が同じようなデザインを先取りしていることは、山本さんの先見の明を体現していると言えよう。

 スカイライナーAE形が大きな反響を受けた後の12年9月、東京都内のイベントで山本さんにお目にかかった。「デザインを手掛けられたスカイライナーが好評ですが、今後も鉄道車両を手掛けるご予定はありますか」と尋ねると、山本さんは「ぜひまたしたいと思っています」とスカイライナーの「次」に意欲を示していた。「それはどこの鉄道会社ですか」と尋ねたが、山本さんはまだいろいろな可能性を考えている段階だと答えて「期待してください!」と笑みを浮かべたのを鮮明に覚えている。

 その後、山本さんの活動報告について事務所からメールを頂くようになり、私が米国ニューヨーク支局に駐在中だった14年2月にニューヨークのファッションウイークで取材する機会もあったが、鉄道関連の新たな活動を見聞きすることはなかった。

笑顔でインタビューに答える山本寛斎さん=2016年6月、東京都世田谷区

 「次」の“カンサイ・ヤマモト車両”が線路上を駆ける日が来なかったのは残念だが、スカイライナーAE形は日本の空の玄関口とつなぐ足としてすっかり定着。成田スカイアクセスの開業10周年を記念したロゴが車体に装飾された。山本さんも「成田スカイアクセスが世界への扉としてさらに発展していくよう願いを込め、スカイライナーAE形の内装に使った日本の代表的モチーフである『市松模様』が『風』と共に世界に羽ばたいていく姿を表現しました。スカイアクセスとともに、これからも日本の素晴らしい文化をどんどん世界に発信していきましょう!!」とコメントを寄せていた。

 AE形が運転開始10周年を迎えた4日後、山本さんはこの世を去った。新型コロナの感染が収まればスカイライナーAE形は再び大勢の航空利用者を乗せるようになり、山本さんがデザインに込めた「市松模様」と「日本の素晴らしい文化」に感銘を受けながら世界に羽ばたいていくことになるだろう。

 【ブルーリボン賞】鉄道愛好家団体「鉄道友の会」が、前年に国内で営業運転を始めた新造または改造の車両の中から毎年1回選んでいる最優秀賞。1958年に制定され、選ばれるのは一つだけで「該当なし」の年もあった。他に優秀な車両を対象とし、61年に制定された「ローレル賞」も毎年1回選んでいる。それぞれブルーリボン賞・ローレル賞選考委員会が候補車両を選び、会員約3千人の投票結果に基づいて選出される。

 ※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、原則として月1回のペースでお届けしています。ぜひご愛読ください!

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