【高校野球】部員全員に送った1枚の手紙…滝川西・松木主将の失われた夏への想い

現2年生に送ったハガキを広げる松木前主将(右)と布野新主将【写真:石川加奈子】

滝川西の松木主将は1週間かけて部員への手紙を送った

春夏合わせて4度甲子園に出場した滝川西(北海道)の松木鵬磨(ほうま)主将が、仲間に手書きのハガキを送ったのは3月のことだった。コロナ禍により緊急事態宣言が発令されて学校は休校となり、部活動も自粛を余儀なくされていた時だった。

「1日でも2日でもみんなと会えないのは辛い。長い期間会えないので、何をできるか考えて、手紙を送ろうと思いました」。机の引き出しに眠っていた数年前の年賀状を引っ張り出し、昨秋撮影したチーム写真をパソコンで印刷した。そこに仲間1人1人の顔を思い浮かべながら、コメントを書き込んでいく。

例えば、後に新チームのキャプテンを引き継ぐことになる布野壮真(2年)への文面はこうだ。

「壮真はみんなから愛されているキャラ。今年こそベンチに入ってキャッチャーの座を取れ。壮真は毎回練習を真面目に取り組んでいる。自分達の代になったら俺がキャプテンをする意識でやって欲しい。壮真が2年生をもっとひっぱっていって欲しいと思う。この先つらい事があると思うが、一緒に乗り越えて頑張るぞ」。

最後は必ず寄り添う言葉で締め、仕上げは筆ペンを使って「甲子園に行ってかならず校歌を歌うぞ」の文字を認める。マネジャーを含めた当時の2年生18人と1年生21人の計39人分。1枚書き上げるのに30分ほどかかり、全て書き終えるのには1週間かかった。

「書いていたら、これも伝えたいということがどんどん出てきて。漢字は苦手なので調べながら書きました」と松木は優しい笑みを浮かべる。誤算だったのは、古いハガキをそのまま投函したため、最初の数枚は切手代不足だったこと。受け取った選手が不足分を支払ったのだが、もちろん文句を言う選手はいない。料金不足に気づいた松木は、残りのハガキには自宅にあった切手(太っ腹なことに100円切手!)を年賀状の上に貼って送った。

松木主将が当時の1年生に送ったハガキ【写真:石川加奈子】

小野寺監督も認める松木主将の成長と人間性

通常はLINEを連絡手段にしているのに、なぜ今回は手間も時間もかかるハガキを使ったのか。「手書きの方が気持ちが伝わると思いました」と松木主将の答えは明快だった。

効果はてきめんだった。新チームの主将になった布野は「びっくりしました。同時に内容を読んで安心しました。甲子園がなくなるかもしれない中、3年生(当時の2年生)がバラバラになるんじゃないかと不安だったんです。松木さんがチームをまとめてくれるという安心感が大きかったです」と語る。

SNS全盛の今、高校生が手紙やハガキをもらう機会はあるのだろうか。布野は「祖母から手紙が来ますが、それ以外は年賀状くらいです。その年賀状も高校に入ってからは少なくなりました」と言う。松木からのハガキは「元気が出る」と何度も読み返した。今でもファイルに挟んで机の上に大事に飾っている。

小野寺大樹監督が、松木の行動を知ったのは休校期間が明けた6月になってからだった。「あれだけ成長したキャプテンはいません。1人1人に気配りをして、自分のことよりも仲間を思う。凄く優しいけれど、厳しいことも言える。あいつを悪く言う奴は誰もいませんよ」と目を細める。

臆することなく一発芸を披露できる一方で、何にでも挑戦する姿勢も持っていた。クラスではホームルーム長に立候補し、昨年の合唱コンクールでは指揮者に立候補した。担任だった小野寺監督が松木に主将としての資質を見出したのは、この合唱コンクールでの出来事がきっかけだった。

伴奏者と呼吸を合わせるため、幾度となく居残り練習をした。当日も本番直前まで真剣に譜面に見入る熱の入れよう。舞台に向かう前には全員で円陣を組んで声を出し、みんなの気持ちを一つにした。元々お笑いキャラの人気者だけに、最初はオーバーアクション気味の指揮に、ドッと笑いが起こったという。だが、不器用ながらも真剣でひたむきさな様子に、場内の聴衆がどんどん引き込まれていった。「途中から鳥肌が立ちました。あいつは人の心を動かす力を持っているんです」と小野寺監督はその時を振り返る。

お笑いキャラだった男が、頼りにされるキャプテンに…

本人に主将への就任を打診すると「どうしてもやりたいです」と即答だった。ただ、松木には一つだけ懸念があった。「やりたいけれど、自分は軽いキャラで、笑いの対象なので、何か言っても、みんなが聞いてくれるかどうか。自分の弱い部分を変えたいけれど、先生やみんなに迷惑をかけるんじゃないか」と案じていた。

「お前がやりたいなら任せる」と答えた小野寺監督は心を鬼にして、チームに何かある度にキャプテンに厳しい言葉をかけ続けた。「そのうちに、周りが松木の頑張りを認め『あれは松木のせいじゃないです』と言い出しました。最後はみんなが松木に頼るチームになったんです」と指揮官は言う。

松木が頑張ったのは大好きな野球だけではない。苦手だった勉強にも全力投球した。滝川西は11月から2月中旬まで部活動の時間を勉強に充てる。「心を鍛えることを意識してボールをペンに持ち替える。試合を戦う集中力をつけることにもつながる」と信じて勉強に没頭し、今年2月には簿記1級に見事合格した。

全選手が提出する野球日誌には、松木への称賛の言葉があふれている。ハガキ送付の後に入学した1年生のノートにも、ベンチでの声かけに「感動しました」とか「凄いです」という言葉が並ぶ。お笑いキャラだった男が、誰からも一目置かれ、頼りにされるキャプテンになった。北北海道大会優勝を目指した最後の夏は、空知支部代表決定戦で滝川に3-5で敗れて終わった。夢が叶わず涙を流した松木だが、最後は「全部出し切った」という思いが残ったという。

滝川西は2017年夏の甲子園を沸かせたようにグラウンド内での全力疾走が代名詞だ。部活動を全力で駆け抜けた松木が目指すのは消防士。来月の公務員試験に向けて今は猛勉強している。新チームには「目の前のことを全力でやってほしい」と願う。それを聞いた布野は「松木さんがずっと言ってきた『甲子園で校歌を必ず歌う』という思いを引き継ぎます」と力強くうなずいた。(石川加奈子 / Kanako Ishikawa)

© 株式会社Creative2