卵かけご飯なぜおいしい?日本人ならではの理由

 

 卵かけご飯はなぜおいしい?――。素朴な疑問だが、味香り戦略研究所の主席研究員で『「うまい!」の科学 データでわかるおいしさの真実』を上梓した高橋貴洋さんによれば、実は日本人ならではの嗅覚のセンスが関係しているという。一体どういうことなのか。10万点以上にわたる食品の味分析を行い味のデータベース構築を手がける専門家に、卵かけご飯の秘密をひもといてもらった。

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 なぜ卵かけご飯は我々を魅了するのでしょう。まず鶏卵は今やコンビニでも手軽に購入できるほど身近で、安価で手に入り、調理が簡単であること。そして誰もが作れて、好みのアレンジができる自由度の高さが重要で、その味の共有もしやすいからでしょう。戦後の安定した鶏卵供給と卵の高い栄養価なども忘れてはいけません。

 そんな日本のセルフ・ファーストフードとも言える卵かけご飯のおいしさについていろんな角度から考えて、あなたの琴線に触れる「卵かけご飯」のおいしさの秘密を、順を追って解き明かしてみましょう。

①さあ卵を買いましょう!「情報を食べる」

 「食べる」ことは、その卵を買うところから始まっています。何気なしに一番安い卵を購入するか、いつも高い卵がセールでたまたま安く手に入ったということもあるでしょう。特別な卵ではアニマルウェルフェア(動物福祉)を考慮した卵であったり、卵拾い牧場で自分で採取したものだったりとさまざまな背景があります。そんなことでも「おいしさ」というのは左右されます。

 例えば同じお肉を「こちらは100グラム100円のお肉ですよ。」「そっちは100グラム500円のお肉ですよ」というように価格の異なった情報を与えて食べさせる評価では、後者のほうがおいしいという場合が多いのです。つまりは価格をはじめ、生産者の情報や店主のこだわりをうまく伝えるだけでも食べ物をおいしくできるのです。

 逆に言えば「あそこのケーキ屋さんがおいしい」「これを食べると痩せる」…などという情報は正しく取り入れ、自分できちんと判断した上でおいしく食べたいものです。

②卵をつかんで割りましょう!「触覚(手)」

 「卵をつかんで、どこかにコンコンッとして、カパッと割る」。

 これだけでも手の触覚がおいしさを感じでいます。いつもより卵がザラザラしているとか、殻や薄皮(卵殻膜)がしっかりして割るのにちょっと戸惑うことがあれば、おいしさの期待や予測が頭の中で駆け巡るのです。

 もちろん卵殻が硬ければエサや鶏種、鶏の年齢…様々な要因が異なることを、触るだけでも「何かしらいつもと違うんだなぁ…」と本能的に感じるのです。

③卵黄の色は家庭で違う「視覚」

卵黄の色もおいしさを左右する?

 割って出て来た卵はどんな卵黄の色でしょうか? おいしそうですか?

 卵黄の色は鶏のエサで大きく左右されますが、「味」には大きく寄与しないという研究があります。しかし、実は色と味の関係は密接に関係していて、色を変えるだけでも味の感じ方を変えることができることは多々あります。

 ただ言えることは、自分がどのような色の卵(卵黄)をおうちで食べてきたかが「基準」(記憶色といいます)となり、そこから判断して安心感や違和感、そしておいしさを想起します。

 まさにおふくろの味ならぬ、おふくろの(買ってきた)卵。自分の培った記憶色より少しだけ色の濃いもの選ぶと、「あ、ちょっと今日の卵はひと味違うだろうな」というように期待を感じることができます。

 以前、なにかのテレビ番組で黒い卵黄の卵をエサの配合で作っていました。もしあなたが黒い卵黄を出されたら手が伸び…ないはずですが、それは記憶色と照らし合わせて度を超えない安心な卵をいつの間にか選んでいるのです。

 見た目や盛り付けの配色の美しさも重要で、黄~オレンジ色の食材は卵黄や果物を除くと、普段使いできない食材が思い浮かぶのではないでしょうか?

 日本人の生卵好きを象徴するのはコンビニで、「卵かけごはん風おにぎり」というものがあるほか、パスタや牛丼、ビピンパなどに卵黄が鎮座しています。

 衛生的に大丈夫?と気になりますが、これは卵黄を加工した電子レンジで加熱しても固まらない卵黄なのです。そこまでして「卵を再現したい!のっけたい!」という衝動に駆られるのはやはり“おいしい経験を卵を介して体験した”からなのです。

④卵+醤油=出汁の香り「嗅覚」

卵かけご飯はめんつゆの香りと同じ?

 さて、醤油を垂らしましょう。あれ?なぜ醤油を入れるのでしょうか?そこに醤油があるから…というと5歳児に怒られる時代です。

 せっかくですので「醤油を入れたもの」と「入れていないもの」、そして「醤油だけ」のにおいを嗅ぎ比べる実験をしてみましょう。

 これらの中では「卵+醤油」のにおいを嗅ぐと唾液が出る感じがしませんか? どこかで嗅いだことのある「いい匂い」がしているのです……そう!めんつゆやだし醤油などの香りに近くなるのです。

 卵は多かれ少なかれ、卵黄脂質が分解し、魚のにおいの一種であるヘキサナールなどの香気成分を作ります。これに醤油を加えることでそのような風味を形成するのです。

 だし文化は日本の食の礎のようなもので、何度も繰り返し食べてきています。そしてだしに含まれるグルタミン酸などの「うま味成分」は唾液分泌を促進する効果があります。

 そこにだしを想起させるにおいが来ることで、まさにパブロフの犬のように、だし=うま味を想起し、唾液が分泌されるのではないかと考えています。

 つまり本能的に、そしてこの感覚こそが「最も卵かけご飯が日本人を魅了する要因」ではないかと私は考えています。

 「味の素を一振り」「だし醤油」「卵かけご飯専用醤油」という食べ方は、そのだしのような味・香りの複合的な感覚をより強くしてくれるためだからかもしれません。

⑤卵かけご飯ってちゃんとかんでる?「食感」

 そして卵が絡むことで生まれる食感の“やわらかさ”や“のど越し”の食感です。これはほとんどかむことをしない食べ物のジャンルで、お茶漬けやとろろご飯、納豆ご飯、おじやなどに通じるものがあります。

 咀嚼(そしゃく)の少ない、吸い込んで飲み込むものや食べ方は風味を一気に強く感じ、早く腹ペコのお腹に落とし込みたいという欲求を満たしてくれます。

 こんなことを書くと怒られるかもしれませんが、食べ物にはおいしく食べられる咀嚼回数というものがあります。何でもかんでも30回以上よくかみましょうというのは少し乱暴な言い方なのです。

 30回かむと多くの柔らかい食品はドロドロとなり、唾液でどんどん希釈されていき、おいしい風味濃度はとっくにすぎることがわかるかと思います。

 健康とおいしさのバランスをうまく保つことはこれからの食育や食生活にも重要で、かむことの大切さの理解はもちろん、最近きちんとかんでいないから気をつけようなど、いつでも自分をいたわれるようにすることが肝要でしょう。

⑥卵の味と抑制効果「味覚」

 卵の最も面白いところは“思ったより味がしない”ところです。これは我々がなぜ毎日のように卵を食べても飽きないか?ということに行き着きます。ごはんやパンなど主食というものも毎日食べますが、さまざまな食品と比べると味があまりしません。

 つまり何かと一緒に食べたり、調味料や加工したりすることでおいしさを押し上げることができる主食的な味の側面を持っているのではないかと考えられます。そのためおかずからデザートまでさまざまな料理に活躍できます。

 そして卵の味の緩衝作用も見逃せません。卵はよく辛い食べ物などに添えられ味をマイルドにすることに使われますが、実際に苦味・渋み・辛み・酸味などをマスキングし、人間が嫌いな味わいを包み込んでくれます。

 苦味・渋み・辛みは脂溶性物質であることが多いですから、卵黄の脂質に溶け込むことで低減されたり、直接舌をコーティングすることで緩和されたりします。

 酸味の抑制は、特に卵白がアルカリ性であるために中和反応などによりマイルドになります。

 一般的に強すぎる苦味などは嫌われますが、隠し味程度の弱い苦味にすることができれば人間はコクに感じられ、おいしく感じるのです。カレーにインスタントコーヒーなどのちょっとした苦味を加えることはそういうことなのです。

⑦食べ終わって排泄されるまでが遠足「内臓感覚」

 さらりと食べ終わったら胃にズシンと来るわけでもなく、胃もたれなどしないと思います。食後の内臓感覚は重要で、ここで気持ち悪くなってしまったり、全然関係ない要因で食中毒や具合が悪くなってしまったりすると卵かけご飯が犯人として疑われ、今後長期にわたり食指が動かなくなります。

 このようなことがない限り、糖質やタンパク質などを手軽に得られる卵かけご飯は身体的にもおいしいと判断されることでしょう。このような食後の内臓感覚は食べた後も胃や腸などにも点在する味細胞や嗅細胞なども手伝い、食物のモニタリングをしていると言われています。

 うまい具合に体の一部となって、本当のおいしさになるということがわかると、食の大切さが少しわかった気がしませんか。

まとめ

 いかがだったでしょうか? 今回は卵に普通に醤油を加え、ご飯にかけた卵かけご飯を想定しておいしさの秘密を探ってみました。卵かけご飯にはさまざまな流儀とも言える食べ方というのも存在しています。最近では「白身を先に混ぜ、卵黄を後から載せる」という食べ方がおいしいと言われています。これにも実は秘密があるのです。続きのおいしさのひもときは書籍「うまい!の科学」で。

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 高橋貴洋(たかはし・たかひろ) 株式会社味香り戦略研究所・主席研究員。古典音楽が現代でも「楽譜」で伝承・再現できることと同様に、味覚センサーなどを用いて食品の分析を通じ「食譜」の構築を手掛け食文化への貢献を目指す。味覚や嗅覚のセミナー等を通じ、メディア・企業などにおいしさを科学的に解説している。「所さんの目がテン!」(日本テレビ)、「ホンマでっか!?テレビ」(フジテレビ)、「家事ヤロウ!!!」(テレビ朝日)、「あさイチ」(NHK)など各メディアにも出演。著書に『「うまい!」の科学 データでわかるおいしさの真実』(イースト新書Q)。

 

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