異形のロックがお茶の間に、ブライアン・フェリーのくねくねダンス! 1985年 6月3日 ブライアン・フェリーのアルバム「ボーイズ・アンド・ガールズ」が英国でリリースされた日

スーツの似合う2大ロッカー、ロバート・パーマーともう1人は?

ブライアン・フェリーは本当にオシャレだったのだろうか。

35年前の1985年、スーツの似合う2大ロッカーと言えば、ザ・パワー・ステーションのヴォーカルで一躍世の注目を集めることになったロバート・パーマーと、6月にロキシー・ミュージック解散後初めてのソロアルバム『ボーイズ・アンド・ガールズ』をリリースしたブライアン・フェリーであった。

『ボーイズ・アンド・ガールズ』はイギリスでフェリーソロ初の、そして現時点でも唯一のNo.1アルバムとなり、アメリカでもBillboardチャートで最高63位ながら最もヒットしたアルバムになった。

日本でもヒットし、このアルバムからのセカンドシングル「ドント・ストップ・ザ・ダンス」を使用した本人出演のヴィデオテープのコマーシャルも流れた。まさに1985年はブライアン・フェリーとロバート・パーマーのブレイクの年であった。

ブライアン・フェリー、ライヴエイドで独特のパフォーマンス

しかし少々小柄ながらビシッと決めていたロバート・パーマーに比べると、大柄ながらブライアン・フェリーは一風変わっていた。

同年7月13日に開催されたライヴエイド。ザ・パワー・ステーションでの出演をパーマーは固辞し、別のヴォーカルが立った。これに対しフェリーはロンドン・ウェンブリーのステージに立つ。しかしそこに現れたのは大きめのジャケットを羽織り、上半身をクネクネと動かし髪を振り乱して歌うフェリーであった。力の抜けた、ビブラートの効いたフワフワとしたヴォーカルと相まって、えも言われぬ印象を我々に残した。

この時バックを務めたのは『ボーイズ・アンド・ガールズ』にも参加していたピンク・フロイドのギタリスト、デヴィッド・ギルモア、ベースのマーカス・ミラー、ドラムスのアンディ・ニューマーク等そうそうたるメンバー。アルバムから「センセイション」「ボーイズ・アンド・ガールズ」「スレイヴ・トゥ・ラヴ」の3曲と、ロキシー・ミュージックもカヴァーしたジョン・レノンの「ジェラス・ガイ」の4曲が歌われた。

アルバム「ボーイズ・アンド・ガールズ」エンジニアはボブ・クリアマウンテン

しかしアルバム『ボーイズ・アンド・ガールズ』はフェリーの立ち振る舞いとは異なり、緊張感すら漂うソリッドな音作りが身上であった。

プロデューサーはロキシー・ミュージックから旧知のレット・デイヴィスとフェリー自身。そしてミキシングは80年代の雄、ボブ・クリアマウンテン。ブルース・スプリングスティーンの『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』(1984年)やデヴィッド・ボウイの『レッツ・ダンス』(1983年)、ヒューイ・ルイス・アンド・ザ・ニュースの『スポーツ』(1983年)等々、80年代の名盤を数多くミックスしているアメリカ人のクリアマウンテンは、その名が示すが如く、クリアでダイナミックな音作りが身上。フェリーとはロキシー・ミュージック1982年の最後のアルバムにして名盤『アヴァロン』で初めて仕事をしていた。

アメリカ人クリアマウンテンのクリアなダイナミズムに、リヴァーブ等でフェリーとデイヴィスのイギリス人ならではの湿ったヨーロッパのテイストが加えられ、空間を上手く生かしたこれまたえも言われぬ、他には無い音世界が生まれた。その斬新さは35年経った今でも失われていない。

豪華な参加ミュージシャン、中でもデヴィッド・ギルモアのギター!

そして豪華な参加ミュージシャンもこの息の詰まる様な音世界の構築に大いに寄与している。前出のライヴエイドにも参加したメンバーの他に、ギターではダイアー・ストレイツのマーク・ノップラーやナイル・ロジャースといった80年代にきらめいた名前が見られる。ベースは名手トニー・レヴィン。ドラムスはスティングのバックでも名を馳せたオマー・ハキム。そしてサックスにデイヴィッド・サンボーン。目まいがするほどのラインアップだ。

この中で個人的に一番光るのはデヴィッド・ギルモアである。1983年にピンク・フロイドでの活動を休止していたギルモアはソロ活動に精力的で、クレジットが無いのでどの曲とは断言出来ないのだが、まさに空を切る様に鋭い、泣きのソロをふんだんに聞かせる。個人的にはギルモアのギタープレイはこの時期がベストだと思っている。彼の活躍もこのアルバムを名盤たらしめたのではないだろうか。

CMソングにも使われた「ドント・ストップ・ザ・ダンス」

ファーストシングルにしてイギリスで最高10位を記録した「スレイヴ・トゥ・ラヴ」は訳すと “愛の奴隷”。フェリーソロの代表曲となった。同じく代表曲となった “踊り続けろ” とミドルテンポで囁く「ドント・ストップ・ザ・ダンス」といい、枯淡と言ってしまっていい歌詞、そして趣を持ったラヴソング。フェリーのパフォーマンス同様、まさに異形と言えるだろう。決してオシャレのひと言では言い表せない。こんな異形のロックがCMにも使われ、お茶の間にも届いていた80年代は、なんと包容力もある豊潤な時代だったのだろう。

『ボーイズ・アンド・ガールズ』は、キャッチ―な「センセイション」から始まり3曲のシングル曲が収められているA面5曲が流れる様に聴ける。この勢いがB面まで続いていたら超名盤であった。

カタリベ: 宮木宣嗣

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