ビリー・アイリッシュと政治:新しいポップアイコンの形と現実世界に力強い一歩を踏み出した新曲

Photo: Courtesy Interscope/YouTube

2020年8月19日に行われた米・民主党大会に出演し、大統領候補ジョー・バイデンへの投票を呼び掛ける短いスピーチのあとに、新曲「my future」を初めてパフォーマンスしたビリー・アイリッシュ。デビュー・アルバム発売前からも、社会や政治に対してコメントしてきた彼女ですが、名実ともにスターとなったあと、彼女はどのように発言しているのか? そして新曲にこめられた想いについてライターの松永尚久さんに解説いただきました。

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思えば2016年におこなわれた前回のアメリカ大統領選挙のあたりからだろうか。ポップス系ミュージシャンが政治的な発言を堂々とかつ積極的に発信する機会が増えているような気がする。ジャスティン・ビーバーが移民政策に対して抗議の声をあげ、テイラー・スウィフトやアリアナ・グランデなどがLBGTQ+に代表される人種や性的嗜好の多様性について強いステイトメントを公表した。

これまでロック・バンドやラッパーなどが自身の社会に対する思いを音楽にのせて世界に発信する機会は多くあったが、多様な生き方・価値観を抱えるファンの多いポップスにおいては、どこから批判の矢が飛んでくるのかを恐れてなのか、それを伝えることはなく「キラキラした」日常だけを描き続けてきた。

しかし、リスナーはその煌びやかな世界が「虚構」であることに気づき始め、またソーシャル・メディアの普及により、誰しもが簡単に自身の思いを投稿できるようになった時代。上辺だけの情報を届けるのでなく、政治的な思想を含めて自分のリアルを発信することで、さらなる共感や人気を獲得している。ゆえにポップ・スターは純粋に「楽しさ」だけではなく、「理念」や「生き方」も発信していくことが、人気を拡散させ、安定させる条件になっているようだ(彼らに政治的な発言をさせてしまう要因を作った人々に対して、つい思いを巡らせてしまうのであるが……)。その「政治的」な流れについに、現代のポップ・アイコンであるビリー・アイリッシュも積極的に関わっている。

デビュー当時のインタビューにおいて彼女は

「いつも『毎日がサイコー!』って感じの性格じゃない。逆に『これってイヤだな』という感情の方が強くて。そういう気分を音にしている」

その「イヤ」と思うポイントは、日常生活だけでなく、「政治」や社会に対してもある様子で、以前から、選挙に関連したコメントをソーシャル・メディアを通じて発信してきた。グラミー賞の主要4部門を史上最年少で独占したり、また人気ファスト・ファッションのブランドとのコラボ・アイテムを発表し大きな話題を呼ぶなど、世界的影響力が最も高いミュージシャンと言われるほどの存在に登り詰めてしまった現在に至ると、その圧倒的な知名度を活用して、さらに「イヤ」だと思うことを強く伝えている印象だ。

彼女の強いステイトメントが感じられるようになったのは、「新型コロナウイルス」の問題がアメリカで深刻になってきた頃から。ソーシャル・メディアを通じて

「これはあなただけの問題じゃない。幸い無症状であったとしても、それを誰かに移してしまったら重症化するかもしれないリスクを理解して欲しい」

など、気が緩んでビーチや街へ繰り出す若者に向けて、同世代の代表として自粛を要請。だが規制を求めるいっぽうで、積極的にオンライン・ライヴをおこない、自宅で楽しく過ごせるコンテンツを届け続け、「飴と鞭」をうまく使い分けて、我々の目に見えない敵=ウイルスとの向き合い方を提唱した。

また、このじっくり物事を考えられる時期を利用してなのか、以前より彼女の体型を隠したルーズなファッションなどにネガティブなコメントをする人々に対して、5月にショート・フィルム「NOT MY RESPONSIBILITY(私の責任ではない)」を製作し、公開。そこで自身の身を包んでいた洋服を脱ぎ捨てながら「私の価値はあなたがどう思うかで決まるの?それとも、私に対するあなたの意見なんて私の責任ではない」と返答。本来は、日本でも9月におこなわれる予定であったライヴ・ツアーのために製作されたものらしいが、誰かの意見に左右されることなく、自分らしさとは何かを追求してほしいというメッセージを発信し、世界に大きな衝撃と共感をもたらしたのだった。

さらに同月に、米ミネアポリスの黒人男性の死亡事件をきっかけに巻き起こった「Black Lives Matter」の動きが、彼女の心の導火線に火をつけた様子だ。この人権運動に対して疑問を投げかけ「すべての人種の問題が大切」だという(ある特定の考え方を持つ人々からの)意見に対して

「私のプラットホームは大きいから、すべての人の意見を尊重すべきなのはわかっているけど……、もう我慢できない!もちろん、すべての人命は大切だけど、今この瞬間は黒人への何百年にもおよぶ抑圧に取り組まなくちゃいけない」

と心の叫びを綴った。ここから彼女は、炎上や批判などを気にすることなく、世界をより良い状況にするために自分は何をするべきか?ということを熟慮して、自身の思想をストレートに発信するようになった気がする。結果、彼女が次に起こした行動は、将来を左右する「政治」に対して自分なりの意見を告げることだった。そして、20年8月におこなわれた米大統領選挙のための民主党全国大会(Democratic National Convention)に登場。以下のスピーチを届けたのである。

「私から言う必要もないんだろうけど、今の事態は最悪。ドナルド・トランプは、私たちの国や大切にしているものを崩壊している状況だよ。必要なのは、気候変動やコロナを否定するのではなく、解決してくれるリーダー、そして組織に立ち向かって人種差別や不平等と闘ってくれるリーダーの存在なんだ。この重大性を理解している人は、まず投票をすることから始めて。ドナルド・トランプには投票せず、ジョー・バイデンに投票を。黙っていてはダメ!傍から見ているのもダメ!私たちの人生が、この投票で変わると思って。未来に確信を持つために、私たちがいま行動すべきなのは、投票することだから」

これからの時代、「その他大勢(サイレント・マジョリティ)」のひとりとして、瞳の奥に不満を抱えながら生活するなんて無理。たとえ「不協和音」だと罵られようとも、自分が正しいと思う行動をすべきというメッセージを伝えているのと同時に、彼女自身もこれからさらに自分が「正義」だと思う音楽を含むアートを発信していくという強い思いも伝わってきたスピーチである。

また、この言葉を伝える彼女の瞳はかつてのような鋭い眼光を放つものではなく、何かを悟ったような落ち着きがあった。ファッションに関しても、場を考えてもあるだろうが、これまでの色使いが鮮やかなものから、ネックレスなど少しフェミニンな雰囲気のするものへと変化している(個人的には、独特の何かに牙をむいているような鋭さが感じられなかったことに寂しさを感じたが、あのアンニュイな表情や姿の奥に喧嘩上等な野心をひた隠ししているのかもしれない)。

新たな彼女の意思や表情が伺えたスピーチの後には、コロナ禍の中で書き上げたという新曲「my future」をパフォーマンス。序盤は、これまで同様「グルーミー(憂鬱)」な表情で、鍵盤で弾き語りをしていたが、サビに入ると実兄であり最強のコラボレーターでもあるフィニアスをはじめとするバンド・メンバーとのセッションに変化。ビリーの愛犬?もステージに彩りを加え、リラックスした表情でパフォーマンスしている様子が伺えた。

「私は恋をしているんだ。未来の自分に。素晴らしい未来に出会うために今を精一杯生きよう」という思いが伝わるナンバー。これまでは、毎日の生活の中で巻き起こった不安に関して一喜一憂し、「こうなればいいのになぁ……」を思いを巡らせ夢の中の世界を放浪する印象の楽曲が多かったが、「ただ不満を吐き出しているだけでは何も景色は変わらない。未来の自分のために今の自分できることは何か?」を真剣に考えるようになり、現実の世界に力強い一歩を踏み出した彼女の心境の変化が伝わるはずだ。

表現者として、またひとりの人間として、「正しい」と思って起こした彼女による一連の活動や発言が、未来にどんな影響をもたらすかは今は誰もわからない。しかし、この行動をきっかけに、多くの人が自らの想像力で物事の良し悪しを判断することの大切さに気づくことによって、もしかしたら想像もしていなかったような未来、そして希望が目の前に広がるのかもしれない。希望の種をビリーは撒き始めたのではないかと思う。

Written by 松永尚久

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ビリー・アイリッシュ「my futre」
2020年7月31日発売

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