幕張の防波堤・小林雅英氏が語る守護神の美学 “コバマサ劇場”の真実とは?

日米通算234セーブを挙げた小林雅英氏【写真:編集部】

9回裏2死満塁、打者が松井秀喜なら「四球でいいんじゃない?」

どれほど絶対的な守護神でも、毎試合3者凡退で終えることはできない。抑えの切り札には、走者を出したり、失点することがあっても、最低限「負けない」ための危機管理能力が求められる。ロッテ、米大リーグ・インディアンスなどで日米通算234セーブを挙げた小林雅英氏も、走者を出してファンをハラハラさせながら無失点に抑える姿を“コバマサ劇場”と揶揄されたことがあったが、その裏には緻密な計算があった。

小林氏と同時期に活躍したクローザーの1人に、元西武の豊田清氏(現西武1軍投手コーチ)がいる。小林氏は2000年、豊田氏は2001年から抑えに定着。成績も年俸も常に拮抗し、日本での自己最高年俸はともに2億5000万円(推定)だった。小林氏は「ロッテ時代に球団との契約更改交渉で、豊田さんはあんなにもらってますよ。こんな提示額で恥ずかしくないですか、と引き合いに出させてもらったことがありますよ」と笑う。

現役時代、同時期に活躍していたこの2人がテレビ番組で共演したことがあった。番組側から「1点リードで9回裏2死満塁のピンチ。打者は松井秀喜。さて、どう攻める?」と質問され、図らずも2人の回答が一致した。その答えはなんと「四球でいいんじゃない?」。言うまでもなく、四球なら押し出しで同点である。

「敬遠をするわけではないですが、僕ならワンバウンドになるスライダーを“永遠に”投げ続けますね。空振りを取れればラッキー。見極められて押し出しになっても、まだ同点ですから。ポンとストライクを取りにいって、長打を打たれてサヨナラ負けするよりはいい。僕らが優先すべきことは、逆転されずにイニングを終わらせることです」と小林氏。「豊田さんも、ストライクからボールになる球を投げる、と言っていましたよ」と付け加えた。

パはローズ、松中ら左の強打者がズラリ「四球で歩かせて、次の右打者で併殺を狙った方が確率が…」

当時、巨人で松井氏の後ろを打つ選手といえば、通算525本塁打の清原和博氏。「もちろん、清原さんとは勝負しますよ」と小林氏は言う。右投手の小林氏と右打者なら、基本的に投手有利。さらに「右投手が右打者と勝負できなければ、仕事になりません。シュートなら右打者には長打を打たれる可能性が低い」という計算があった。

松井氏を例にとらなくても、小林氏のロッテ時代、パ・リーグには「四球上等」の左の強打者がめじろ押しだった。近鉄などで外国人選手歴代1位の通算464本塁打を放ったタフィ・ローズ氏、ダイエー(現ソフトバンク)時代の2004年に3冠王を獲得した松中信彦氏らだ。

もっとも、ローズ氏の後には通算404本塁打の中村紀洋氏、松中氏の後には日米通算292本塁打の強打の捕手・城島健司氏。いずれも球界を代表する右のスラッガーが控えていた。それでも小林氏は「1点リードの9回に、タフィや松中さんを先頭で打席に迎えた場合、同点ソロを食らうのは愚の骨頂です。四球で歩かせて、次の右打者でダブルプレーを狙った方が確率が高い」と断言。「幸い、タフィも松中さんも足は遅く、一塁に出しても走者としては怖さがなかったから、なおさらです」と付け加えた。

「投げた、打っただけでなく、選手の思考やアウトの取り方まで見えてくると、野球観戦はもっと楽しくなるのではないでしょうか」と小林氏は言う。“コバマサ劇場”の裏には、3人できれいに終えることよりも、いかに確実に勝利をものにするか、どうすれば最低限負けずに済むか、を追求する深い思考があった。(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)

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