タワマン並ぶ東京都港区が「マンション住民は避難所に来ないで」と呼びかけるワケ

30年以内に、70~80%の確率で起きると言われている南海トラフ大地震。自宅で電気などライフラインが止まり、トイレも使えなくなったら、避難所に行きますか?

東京湾に面した臨海部を中心に、大規模高層マンションを多く抱える東京都港区は、2年前から、「マンション住民は避難せず、原則として自宅にとどまってください」と呼びかけています。その理由を取材しました。


「大地震が起きたら避難所」は思い込み

港区は2018年、「港区マンション震災対策ハンドブック~在宅避難のすすめ~」を作成しました。マンションの居住者、管理人に向けて書かれたもので、高層住宅で地震に遭った場合の行動、日頃からの備え、マンションごとの防災計画作成の必要性などを紹介。その上で、「大地震発生後も自宅で生活が基本です」と、在宅避難を強く訴えています。

では、なぜマンション住民は避難所へ行けないのでしょうか。ハンドブックでは、「マンションは大地震でも倒れる恐れが少ない」「避難所の受け入れ人数には限界がある」という2つの理由を挙げています。避難所へ行くのは、自宅が倒壊して住む場所がなくなったり、大規模火災の恐れがあったりする場合、としています。

港区防災課の担当者は「港区では2018年頃から在宅避難を勧めています。昔は、何か災害があれば避難所へと呼びかけていましたが、今は耐震性の高いマンションが増え、避難所へ行く必要もなくなりました。避難所に行って、逆にストレスを抱えたりすることもあります」と話します。

東京都港区が出しているマンション震災対策ハンドブックの概要版

避難所が足りない

東京都の23区のような都市部では、人口に対して、避難所の収容人数は十分ではありません。都のHPによると。都内での避難所は2,964か所(協定施設等を含む。)、福祉避難所1,397か所(2018年現在)。避難所の収容人数は約317万人です。南海トラフ大地震のような、東京都全体が被災するような災害では、避難所に入りたくても入れない人が多数出ることが予想されます。

実際、昨年10月の台風10号では、多摩川などが氾濫し、多くの住民が指定避難所に向かいました。しかし、避難所が満員で入れなかったり、駐車場がいっぱいで引き返さざるをえなかったりしました。

先ほどの港区の防災担当者も、「港区でも、全人口を避難所に受け入れることはできません」と言います。同区の人口は約24万人ですが、地域防災計画によると、避難所に受け入れ可能なのは4万人程度。しかも、新型コロナウイルスの感染拡大が続く今は、さらに受け入れ人数が少なくなる可能性があると言います。

こういう理由もあって、頑丈な高層マンションの住民は、できるだけ避難所に来ず、自宅で過ごしてほしいと呼びかけているのです。

マンション住民が在宅避難するためには

同区では在宅避難にあたっは、「7日間分の食料、水、携帯トイレを備蓄して」と呼びかけます。食料や水の備蓄は当然として、忘れがちなのがトイレです。災害時は断水が続く上に、排水管が壊れていると低層階に下水が漏れてしまいます。高層マンションでは、水を流すことはできません。

また、家具が転倒すると、ケガをする危険があるほか、室内が散乱して生活が続けられなくなります。背の低い家具を使ったり、家具転倒防止器具 を取り付けることを呼びかけています。

夏祭りやバーベキューも防災対策

都内の住宅環境に詳しい、池本洋一SUUMO編集長は「土地が狭く、人口密度も高い都心部の場合、震災後は避難所に被災者が殺到することが想定されます。避難所は自宅が倒壊した人を優先して受け入れるため、高度な耐震性を誇るマンション居住者は、避難所に入れないケースが多いと考えられます」とし、マンション住民は在宅避難を意識した備えをしておくことを呼びかけます。

また、大きな災害時は、自衛隊や管理会社がすぐには駆けつけられません。「いかに居住者だけで乗り切ることができるかが重要です。ほとんどのマンションで防災訓練をしているので、必ず参加しましょう。マンション選びでも、訓練の参加率から、住民の防災意識の高さが測れます。マンション全体での備蓄はもちろん、夏祭りの開催やBBQ、炊き出しなど住民同士の交流の場をたくさん持つと良いです」と話します。

新しい戸建てでも

戸建てでも、在宅避難を意識した方がよいケースがありそうです。法改正があった2000年以降を目安に、比較的新しく建てられたものは十分な耐震性があり、倒壊するリスクが低く、避難所に行かなくても済む可能性があります。

「太陽光パネルでの発電や蓄電池の設置がされていると、停電中でも電気が使えます。断水時に水が使用できるような貯水タンクも、被災後の生活に向けてあると安心です。これらは非常時だけでなく、日常的な光熱費の削減につながる場合もありますので、今後の住まいの標準設備になっていくことも考えられるでしょう」(池本編集長)

マンション独自に備蓄する例も

災害時にはエレベーターが止まり、特に高層階では食料や物資の調達が難しくなると予想されます。そこで、港区芝浦の「芝浦アイランドケープタワー」(48階建て、約1100戸)では、3日分の食料品や水、簡易トイレ、情報連絡手段としてのトランシーバーなどと、災害時の行動を記したマニュアルを各フロアの倉庫に備蓄しています。

芝浦アイランドケープタワーで、各階に設置された備蓄倉庫

地震発生後、マンションに在宅する住民が協力し、マニュアルに基づいて安否確認や食料の配布などを行います。また、1階には、事前に訓練を受けた住民による災害対策本部が設置され、救助活動を行ったり、外の避難所へ情報を取りに行ったりする計画です。

このマンションでは、定期的な防災訓練に加え、非常食の試食や防災関連のクイズなどのイベントも開催。多くの住民を巻き込み、十分な備えをしてもらえるよう様々な工夫をしているそうです。以前の住民アンケートでは、ほとんどが「災害時は避難所へ行く」と答えたそうですが、今では多くの住民が、在宅避難や備蓄の必要性を理解するようになったといいます。

管理組合の防災ワーキンググループのメンバーは「このマンションで東日本大震災を経験し、とても怖い思いをしたというのが出発点。このような高層マンションでは、エレベーターが止まるとなかなか外へも出られない。まずは各フロアの住民が顔見知りになり、食料品、防災トイレなどの備蓄し、1週間程度は在宅避難ができるよう備えたい」と話していました。

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