本田美奈子「愛の十字架」ゲイリー・ムーアの泣きメタル演歌に燃えあがる情念

1986年 9月3日 本田美奈子のシングル「the Cross -愛の十字架-」がリリースされた日

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泣きのギターを顔で弾く男、ゲイリー・ムーア

“泣きのギターを顔で弾く” 男、ゲイリー・ムーアは、1982年のソロアルバム『大いなる野望(Corridors of Power)』のヒットにより、スーパーギタリストとして成功を収めます。特に日本はその頃へヴィメタルブーム。中でもギターヒーローは渇望されていましたので、日本での人気は爆発しました。ギターに専念したかったゲイリーですが、自身のヴォーカルも非常に評価が高く、彼以上に上手く歌いこなせるヴォーカリストを見つけることもできなかったため、ヴォーカルも兼務でコンスタントにアルバムも発表し続けます。

ゲイリーが提供した、本田美奈子「the Cross -愛の十字架-」

そうした日本での人気に目をつけたレコード会社が、日本のシンガーのためにゲイリーに曲の提供を依頼します。そこで生まれた楽曲が「the Cross -愛の十字架-」。「1986年のマリリン」のヒットによりロック志向が強まった本田美奈子の8枚目のシングルとしてリリースされました(作詞は秋元康)。

この曲、ゲイリーお得意の哀愁のギターがイントロからむせび泣きまくる名バラード。本田美奈子の歌唱にも凄まじいものがあって、まさに情念の炎が灯ったような歌いっぷり。そこにゲイリーの泣きメロが伴って、これぞ “泣きメタル演歌” とも言える出来映えです。へヴィメタルブームといっても洋楽はまだまだマイナーな存在だったので、ゴールデンタイムにお茶の間からゲイリーのメロディーが流れてくることがちょっと不思議でもあり、痛快でもありました。

この「the Cross -愛の十字架-」の出来にはゲイリーも満足しており、後に自身でも「クライング・イン・ザ・シャドウズ」というタイトルでセルフカヴァーしています。ちなみに本田美奈子はその後もブライアン・メイにプロデュースしてもらうなど単なるカヴァーではない、本格的な海外アーティストとのコラボを成功させていきました。

まさに人間国宝、ブルースへの回帰とその早すぎる死

90年代以降のゲイリーは、自身のルーツでもあるブルースに回帰していきます。泣きのギターはますます磨きをかけられ、メタルファンからもギターファンからも愛され、“人間国宝” とまで称されるようになりましたが、2011年に58歳で急逝。その早すぎる死は多くの音楽ファンを悲しませました。

そして3年後の2014年、それもゲイリーの命日である2月6日、ソチ・オリンピックのショートプログラムにおいて羽生選手が「パリの散歩道(Parisienne Walkways)」を使用し、ゲイリーのファンは特に感動するのでした。今でも “泣きのギター” といえば、私はゲイリーのしかめ面を思い浮かべます。チューニングがくるってしまうのでは、と思えるほどチョーキングしまくるゲイリーの泣きのギター。機会があったらぜひ聴いてみてください。

※2016年10月22日に掲載された記事をアップデート

カタリベ: DR.ENO