アベノミクスの終焉がもたらすのは株安か株高か

8月28日の金曜日、安倍首相辞任の速報が流れると株価は急落し、日経平均の下げ幅は一時600円を超える場面もありました。

夕方からの首相の記者会見を控え市場の一部には首相辞任に対する警戒感はありましたが、取引時間中に報道が伝わったことはまさにサプライズでした。市場の反応が大きかったのは、そうしたサプライズに加えて、「アベノミクスの終焉」を否定的に受け取ったからでしょう。

市場にはアベノミクスの「3本の矢」の印象が強く残っています。大胆な金融政策、機動的な財政政策、そして成長戦略。この3本の矢でアベノミクス実質初年度の2013年には日経平均は50%以上も値上がりし、歴代4位の上昇率を記録しました。そのアベノミクスが終わって、この先はどのような政権が生まれるのか、という不透明感から株安になったのです。


週明けには落ち着きを取り戻した東京株式市場

東京の株式市場は安倍首相の辞任表明を受けて急落しましたが、その夜の米国株市場は冷静でした。米国株市場ではナスダックは反発して最高値更新、S&P500は7日続伸して最高値更新、ダウ平均は3日続伸で、2月21日以来、6カ月ぶりに昨年末終値を上回り年初来のリターンがプラスに浮上しました。

FRBは臨時の米連邦公開市場委員会(FOMC)で「当面の間は2%を上回るインフレ率を目指す」政策へのシフトを決定しました。足元の低金利環境が長期化することを株式市場は好感したのです。

こうした米国株の上昇もあって週明けの東京株式市場は大きく反発しました。日経平均は先週末の下落(終値で300円強の値下がり)をほぼ取り戻してしまいました。菅官房長官が総裁選に出馬する意向と伝わったことで安倍政権の政策が継続するという期待が高まり、一時は460円近く上昇する場面もありました。その後は総裁選の行方を見定めようと相場は小康状態になりました。こうして、安倍首相辞任で急落した市場は短期間で落ち着きを取り戻しました。

報道直後は600円を超える急落となった株式相場が短期間で落ち着いたのは、週末を挟んで安倍首相の辞任という事態に対する整理が進んだということもあるでしょう。

株高はアベノミクスの成果ではない

冒頭で「アベノミクスの終焉」が否定的に受け取られたと述べましたが、アベノミクスで株があがったのは1年目だけです。そしてそれはアベノミクスのおかげ、というよりグローバル景気の回復に助けられた面が大きいと思われます。

グローバル景気が底打ち反転し、第二次安倍政権が誕生した2012年12月には日本の景気も底を打ちそこから景気回復が始まっていました。東日本大震災~民主党政権末期の停滞感のあとに訪れた景気回復であったため、世の中の雰囲気も相場も一気に祝祭的なムードに包まれました。それがアベノミクス1年目のインパクトを大きなものにした背景だったのです。

日銀の異次元緩和が相場の上昇要因になったことは否定できません。しかし、明確な株価の押し上げ要因になったのは「黒田バズーカ2(2014年10月に実施された日銀による量的緩和)」あたりまでではないでしょうか。その後も金融緩和はずっと続いていますが8年弱の安倍政権時代で株価は乱高下を繰り返し近年はずっと同じようなレンジにとどまっています。

金融緩和は株価上昇の要因ではあるものの、常に相場を押し上げたり安定化に寄与するものではないということです。さらに言えば、金融緩和はいまや世界的に行われていて日銀の専売特許ではありません。FRBが一段と踏み込んだ緩和策をとっている以上、日銀独自の政策変更余地も限られそうです。

こうみてくるとアベノミクスが終わるといっても、アベノミクスによって支えられて今の相場があるわけではないので、それほど悲観的になることはないのです。

構造改革こそ株高への道

アベノミクス「3本の矢」に話を戻すと、金融政策や財政政策は景気対策です。金融を緩和したり財政を出動させたりして景気を刺激するものです。それは短期的な景気循環を加速させたり落ち込みを軽減したりするには役立つでしょう。

しかし日本経済の潜在的な成長率を高めることにはつながりません。それは成長戦略の役目です。成長戦略とは構造改革です。短期的な景気対策ではなく、日本経済の基礎体力を底上げするような改革です。既得権益にしがみつくひとたちを排除し、岩盤規制を打破するなど規制緩和を進め、産業の新陳代謝を促す。日本経済の活力を高める改革が期待されていました。そんな大仕事は多大な労力と時間を要するため長期政権でなければ成し得ないことです。

安倍政権は憲政史上最長の政権になりました。本来であればもっと構造改革を進められたはずでした。単に「アベノミクスの終焉」を嘆くより、重要な課題が未完のままアベノミクスが終わることを嘆くべきです。

いや、過去を嘆くより次の政権に期待しましょう。アベノミクスの負のレガシーを引き継ぐ次の政権が構造改革を進められるなら、日本経済の活力が高まり、その時こそ持続的な株高の時代が到来するでしょう。

<文:チーフ・ストラテジスト 広木隆>
<写真:ロイター/アフロ>

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