シスター橋口逝く

 大瀬戸支局(現西海支局)在任中の20年前のことだ。誰もいないと思っていた資料館の中で突然「こんにちは」と声が掛かってぎょっとした▲古めかしいオルガンのそばに小柄なシスターが立っていた。「よかったら弾きましょうか」。先月、101歳で帰天した橋口ハセさんとの出会いだった▲明治時代、長崎市外海地区の出津(しつ)で、フランス人のド・ロ神父は住民の生活向上に尽くした。橋口さんは神父が見せた隣人愛の精神を多くの人に伝えようと、神父愛用のオルガンを長年にわたり弾き続けた。優しい音色に心を洗われた人も多かろう▲〈罪科(とが)さえなくんば/かんころよろし/絣(かすり)も絹も/着たることなし〉。ド・ロ神父が作った歌を橋口さんは歌った。「かんころ」とは当時貧しかった外海の人々が主食にしたサツマイモのこと。神父の清貧ぶりがよく伝わる歌だ▲取材した後に橋口さんを修道院まで車で送ったことがある。小さな車の後部座席にちょこんと座り「この車はかわいかですね」と喜んでくれた。当時もう80を過ぎていたが、純真な少女のようだった▲イエスの教えを体現した「ドロさま」を敬愛していた橋口さん。あの清らかなオルガンの音色は、美しいもの、気高いものへの憧れを抱き続けていたからこそ、奏でられたのであろう。(潤)

© 株式会社長崎新聞社