2050年、人口の9割が幸せで豊かに暮らせる社会をどう実現できるか 「人類の成功シナリオ2050」を議論

左から遠藤氏、コリア氏、濱中氏、ピーダーセン氏

2050年、少なくとも世界人口の90%が幸せで豊かに暮らせる社会をつくるために企業はなにをすべきか。そんな「人類にとっての成功シナリオ2050」の実現を目指し、企業はいま動かなければならないのではないか。ピーター D. ピーダーセン氏はサステナブル・ブランド国際会議2020横浜でそう問いかけた。セッション「グローバル先進企業に学ぶサステナブル・ビジネスの実践法――課題を乗り越えるための方策とは」には、徹底した「バックキャスティング」思考で目標達成に取り組む、ノボ ノルディスク ファーマ、セールスフォース・ドットコム、フィリップ モリス ジャパンの3社が登壇した。(サステナブル・ブランド ジャパン編集局)

ファシリテーター:
ピーター D. ピーダーセン 一般社団法人NELIS 代表理事 / 大学院大学至善館 特任教授
スピーカー:
サイモン コリア・ノボ ノルディスク ファーマ 医療政策・渉外本部 本部長
遠藤 理恵・セールスフォース・ドットコム サステナビリティ & コーポレートリレーション 執行役員
濱中 祥子・フィリップ モリス ジャパン エクスターナル アフェアーズ コーポレート サステナビリティ エグゼクティブ

世界的に中産階級人口が増えている。米ブルッキングス研究所によると、消費者層でもある中産階級層は2030年に約50億人に達し、その過半数がアジアに暮らすという。今後の世界経済成長の最大要因とされる消費者層の増加だが、新型コロナウイルスや気候変動など現在の地球環境や社会・経済システムはそれに耐えうるレジリエントなものとは言いがたい。

ピーダーセン氏は、「2050年に世界人口が97億人に達すると予測される中、100%は難しくても90%の88億人のコンシューマーが幸せで豊かに暮らす『グローバル・ミドルクラス』になるにはどうすればいいか。現在、約40億人の中産階級人口が50億人以上増えることになる。その実現のために、逆算して企業ブランドは進化していかなければならない。小手先の議論では不十分だ」と力を込めた。

自らハードルを上げていく

デンマークの製薬大手ノボ ノルディスクは言わずと知れた、サステナビリティの先進企業だ。世界の中でいち早く環境報告書を出したほか、2004年以降、事業活動を財務的側面だけでなく社会、環境的側面からも評価する「トリプルボトムライン」を世界に先駆け実行してきた。同社がサステナビリティに真剣に取り組むのは、政府がサステナビリティに重点を置いているデンマークという国柄もある、とサイモン コリア氏は説明した。

2020年中に、同社は世界の生産拠点の全電力を再生可能エネルギーに変える方針だ。2000年代の半ばから進めてきた二酸化炭素の排出量削減の過程では、今や洋上風力世界最大手となったオーステッド(デンマーク)の設立に資金面においても携わってきた。

同社がいま力を入れるのが、循環型ビジネスで環境負荷ゼロを実現する「サーキュラー・フォー・ゼロ」だ。サプライヤーの環境負荷を減らし、循環可能な購買を行う「循環型供給」、オペレーションにおける環境負荷をなくす「循環型企業」、循環可能なプロダクトデザインと使用済製品の課題を解決する「循環型製品」の3つの柱を掲げる。

コリア氏は「環境負荷ゼロ」という大きな目標設定について、「詳細が決まっているわけでもなく、すべてが見えているわけでもない。しかし、すべてが分かってからでは遅く、見切り発車することも重要だ。高い目標がなければ社内の動機付けも生まれない。ノボ ノルディスクは、高い目標を掲げ、それを達成したら、新しく高い目標を掲げることが大事だと考えている」と語り、バックキャスティングの重要性を強調した。

創造的自己否定から未来を創り出す

たばこ会社はサステナブルになりえるか。ジレンマと闘う企業として登壇したのは、フィリップモリスだ。濱中祥子氏は、「紙巻きたばこは健康に害があり、重大な病気や早期死亡の原因になる。しかしサステナビリティが問う、社会にもたらす影響をきちんと認識することから、われわれのサステナビリティへの取り組みは始まると考えている」と語った。

同社は現在、「たばこを吸わない人は、吸い始めない。吸っているなら、禁煙する。禁煙できないなら、吸うたばこの種類を変える」という姿勢を打ち出している。一方、WHOによると、2025年の喫煙人口は約10億人といわれ、喫煙という問題が明日なくなるわけではない。そうした中で、健康被害の大きい紙巻きたばこの製造・販売を1日でも早くやめることを目指し、吸い続ける意思のある人には加熱式たばこへの切り替えを促進する。今後、世界では喫煙に関する規制が進み、約1500万人が禁煙すると予測されている。その数に加え、4000万人の紙巻きたばこの喫煙者を煙の出ない電子たばこに切り替えることを同社は目指す。

ピーターゼン氏は、売る製品を変えて事業変革を行う同社の姿勢について、「創造的自己否定と呼ばれるもの。電力会社や自動車会社など多くの会社でも行われている」と付け加えた。

「ステークホルダー・ドリブン」が企業を成長させる

顧客情報管理(CRM)大手の米セールスフォース・ドットコムは創業以来、「ビジネスこそが世界を変えていくプラットフォーム」という理念を掲げ、株主だけでなくステークホルダーの利益を考える新たなテクノロジー企業として「ステークホルダー資本主義」を実践し、成長を遂げてきた。

遠藤理恵氏は、セールスフォース ・ドットコムの成長を支える「4つのコアバリュー(行動規範)」として、「信頼」「カスタマーサクセス」「イノベーション」「平等」を紹介した。中でも珍しい「平等」について、「私たちは社内外問わず、全ての個人が平等であることを大切にしている。平等と多様性こそがよりよい会社になるには必要だ」と説明した。

同社の社会的取り組みの中でもよく知られているのが、ビジネスと社会貢献を統合したコミュニティ支援活動「1-1-1モデル」。就業時間の1%(1人当たり年間20時間以上)を地域の支援活動に使い、株式の1%で非営利団体や教育機関を財政支援し、製品の1% をNPOや教育機関を支援するために提供する。こうした同社ならではの取り組みは、社外や顧客からだけでなく従業員からの信頼向上にもつながっているという。

「広く社会に貢献するという企業文化を理由に入社する人や、転職に悩んでも『こういう企業文化がないと思うと、次には行けない』といった意見もある。優秀な人たちが長く働く隠れた武器にもなっていると感じる」(遠藤氏)

同社はいま、Sustainability Cloud と呼ばれる炭素会計(カーボンアカウンティング)のソリューションを世界展開するほか、新たに世界経済フォーラムの森林再生イニシアティブ「1t.org」に取り組む。これは2030年までの10年間で、地球温暖化対策として1兆本の樹木を育成、再生、保全するというもの。同社は10年間で 1億本の樹木の保全、再生、植林を行うことで炭素隔離を促進し、環境保全活動を推進していく方針だ。

時代に求められるサステナブル・カンパニーとは

「企業は『人類の成功シナリオ2050』に貢献できるかが問われている。経営のマインド、企業のマインド、価値創造に関わるマインド、経営層のマインドがそのシナリオに向いていなければもはや時代遅れな会社だ。88億人が幸せで、豊かに暮らすためにわれわれががやらなければないことがある」(ピーターゼン氏)

未来に求められるサステナブルな企業について、同氏は「脱炭素化、循環型の資源利用、ネットゼロ伐採・生態系の修復貢献、ウォーターニュートラルに取り組み、社会資本・自然資本を維持ないし増幅させる製品を生み出し、人とコミュニティを尊重する企業」と定義する。

「日本はフォアキャスティング(現在の延長線上の取り組み)が圧倒的に強いが、バックキャスティングとフォアキャスティングをバランスよく組み合わせ、どう価値を編集していくかに経営手腕、事業イノベーション手腕が問われる」と締めくくった。

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