高校生が抱える「しょうがない」にはワケがある! 『アルプススタンドのはしの方』から見つめた先にあるもの

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『アルプススタンドのはしの方』©2020「アルプススタンドのはしの方」製作委員会

ふたりの衛兵が守っていたタージマハルのこと

『アルプススタンドのはしの方』を観て、2019年の暮れに新国立劇場で観た日本初演の演劇「タージマハルの衛兵」のことを思い出した。

1648年のムガル帝国。衛兵として雇われたフマーユーン(成河)とバーブル(亀田佳明)が、国の威光の象徴として建設中のタージマハルに背を向けて警護に当たっている。衛兵たる者は、建物を見てはならず、言葉を交わすことも許されない。だが、バーブルが不意に話しかけるや堰を切ったような怒涛の会話が続いていく。幼なじみとして育ったふたりはどんな経緯で今に至るか。著名な建築家による巨大建造物が如何にして作られることになったのか。すべてはふたりの会話によって物語られていく。

お察しの通り、舞台となるタージマハルは姿を現さず、客席に向かって立つふたりの会話のみで語られていく。暗転後に続く二幕では、余りにも理不尽で目を覆いたくなるような光景が待ち受けている。芝居は、竣工間近のタージマハルをめぐるいきさつ、完成直後の残虐、その10年後という三幕構成で描かれる。上演時間は約90分、一幕と三幕は二人の演者は客席に向かって演じ続け、緊張感に満ちたストイックな演目だった。

演劇:「タージマハルの衛兵」2019年12月公演 右から成河、亀田佳明 撮影:宮川舞子 提供:新国立劇場

この芝居を思い出した理由は単純明快だ。野球の応援をする観客席が舞台となる映画『アルプススタンドのはしの方』で、試合は音で伝えられるだけ。グランドの白熱は見守る高校生と先生の一挙手一投足によってのみ表現されていくのだ。

命をかけた伝令が駆けた戦場、その対極にある観客席の「はしの方」

『アルプススタンドのはしの方』って、なんて演劇的な映画なのだろうと思って観ていたら、原作は高校演劇で奇跡の全国制覇を果たしたお芝居だった。東播磨高校の藪博晶先生が母校演劇部のために作った台本を基に、淺草九劇でのアンコール上演を経て、脚本の奥村徹也、監督の城定秀夫の手によって爽やかに映画化された作品だ。

夏の高校野球が行われる甲子園の“アルプススタンドのはしの方”に居合わせた4人と、映画化で追加されたブラスバンド部を率いる女子、ひたすら声を出せとがむしゃらな新任教師。この6人が試合の経過を見つめながら、あれこれと会話を交わしていく。

『アルプススタンドのはしの方』©2020「アルプススタンドのはしの方」製作委員会

なるほど、そういうことか。作品との向き合い方が定まったとき、今度は全編を主観で描いた映画『1917 命をかけた伝令』(2019年)を思い出した。ご存知の通り、第一次世界大戦下、孤立の危機に追い込まれた大隊に「撤退せよ」の命令を伝えるために、戦場をひた走る伝令の一昼夜を描いた作品だ。主人公の眼がとらえた戦場、肉体が感じた衝撃、精神的なダメージを描くために、巨大な戦場を再現して伝令を疾走させたサム・メンデス監督の超大作。ドイツ軍の襲撃が迫るというタイムリミット・アクションは、陸海空の3つの視点で史上最大の撤退作戦を描いた『ダンケルク』(2017年)にも通じる緊迫感に満ちていた。客観描写で心象を浮かびあがらせていく『アルプススタンドのはしの方』のまさに対極、主観で圧倒するこの作品が頭をよぎったのも頷ける。

『アルプススタンドのはしの方』©2020「アルプススタンドのはしの方」製作委員会

高校生たちが抱える「しょうがない」にはワケがある

映画は「しょうがない」というひと言で肩を叩かれた女子高生の後ろ姿で始まる。

いつも考えていることなのだけれど、意識して言葉にしようと思っていないことって沢山ある。いつか伝えなきゃと思っているのだけれど、話すタイミングを見つけられないから「しょうがない」よね。実は彼のことカッコいいって思っているんだけど、話したら彼女に引かれちゃうから黙っていても「しょうがない」んだ。未練がないわけではないけれど、部活やめちゃったから「しょうがない」じゃん。ありがとうって言いたいし、心の中にある気持ちを叫びたいけど、勇気が出せないから「しょうがない」……。

たくさんの「しょうがない」を抱えた彼らの視点の先には、母校を応援するブラスバンド部のセンターの姿も見える。アルプススタンドのはしの方で応援もせずに試合を見守る4人に向かって、がむしゃらな新任教師が「人生は空振り三振の連続だ。でも振らなきゃ始まらない」と叫ぶ。

『アルプススタンドのはしの方』©2020「アルプススタンドのはしの方」製作委員会

演劇部の安田さんはなんで煮え切らないんだろう。
相棒の田宮さんは安田さん気を遣ってばかりなのはどうしてなんだろう。
内気な優等生の宮下さんを気にしている元野球部の藤野くんっていじらしい。
ブラバン部の久住さんは演奏してないときに誰とラインしているのだろう。
腹から発声できてないのに叫び続けている厚木先生の喉はいつまで持つのだろう。

乗り気じゃなかったけど、ここに来て良かった

色んな想いと行動が交錯しながら、グランドでは試合が進んでいく。度々話題になる母校のエース園田君と万年補欠の矢野君のこともとても気になる。やがて野球に無知な少女たちは、ルールなど無視するかのように我がチームの応援に夢中になって、大声で叫び始める。

『アルプススタンドのはしの方』©2020「アルプススタンドのはしの方」製作委員会

ふと気がつくと、いつの間にかアルプススタンドの片隅で、注意深く彼らの動きを気にして聞き耳を立てていた自分がいた。彼らが抱えている沢山の「しょうがない」は、「しょうがなくないこと」だらけ。その切実さは、国の威信を賭けた建造物を守るふたりの衛兵や、命がけで戦場を駆ける伝令の使命と同じぐらい、彼らにとって重たいことに違いない。

だからこそ、ルールも識らない野球の応援なんて乗り気じゃなかった安田さんが、「ここに来て良かった」とポツリと漏らす言葉がとてもナチュラルに耳に届いた。試合の進行を伝える音だけを頼りに俳優たちの反射する演技を引き出し、この映画をクリーンヒットに導いた製作陣に熱いエールを贈りたい。

映画館の客席でしか味わうことの出来ない75分間の特別な体験を、ぜひ劇場で!

『アルプススタンドのはしの方』©2020「アルプススタンドのはしの方」製作委員会

文:高橋直樹

『アルプススタンドのはしの方』は2020年7月24日(金)よりシネマカリテほか全国順次ロードショー