マンガは横読み?縦読み? 韓国発〝読まれ方〟が覇権握るか

 マンガは横読みか、縦読みか―。右から左へと横に読み進めることが一般的なマンガ大国・日本で、マンガの読まれ方に大きな変化が訪れつつある。スマートフォンの普及にともない電子コミックが定着した近年、画面をスクロールし縦に読み進める韓国発の「ウェブトゥーン」が多く流入、若者の支持を集めている。『鬼滅の刃』が大ヒットしたように、コンテンツの質、数ともに世界トップレベルを走ってきた日本で、マンガの読まれ方はどう変わるのか。世界で勢いを増す縦読みマンガが、グローバルスタンダードを握るような状況になるのだろうか。(共同通信=高津英彰)

『SPY×FAMILY』と『俺だけレベルアップな件』。従来のマンガ雑誌発ではないヒット作が多く生まれている。
『俺だけレベルアップな件』の戦闘シーン。コマをつなげることでキャラクターの動きに躍動感が生まれている©DUBU(REDICE STUDIO), Chugong, h-goon 2018/D&C MEDIA

▽日本のマンガと大きな違い  

 日本では、出版科学研究所の統計で、2019年の電子コミック(マンガ雑誌を含む)の販売金額が2593億円(前年比29・5%増)に上り、紙の販売金額を上回った。マンガをスマホやタブレットなどの端末で読む文化がすでに定着し、電子コミックはいまや出版社にとって紙の不振を補う収益上の柱となっている。

 スマホの急速な普及を背景に、この数年で数々のマンガアプリがリリースされた。今では紙で発刊されたマンガ雑誌やコミックを電子化するだけでなく、アプリ発のオリジナル作品も多く誕生している。出版社以外の参入も相次ぎ競争が激しさを増す中、特に勢いを見せているのが韓国発の縦読みカラーマンガのウェブトゥーンだ。日本国内で、マンガアプリとしてダウンロード数や販売金額で1位と2位を争う「LINEマンガ」や「ピッコマ」での人気作品はウェブトゥーンが多い。

 ウェブトゥーンはスマホ端末で読まれることを前提に作成され、日本のマンガとは表現方法でも大きな違いがある。単にページを縦に並べるだけでなく、コマ割りや、そもそもページという概念がない。コマをつなげ日本のマンガでは考えられないほど縦長にし、スピード感や躍動感を表現したり、間を取ったりする。

 日本のマンガは出版文化の隆盛とともに発展し、雑誌に載ることを前提に表現方法が磨かれてきた。1ページ内を右から左に、そして上から下に読み進められ、印象づけたい場面では2ページをつなげ「見開き」を作る手法などが生み出されてきた。読者の目線の動きに合わせて、キャラクターが左に行けば前に進む表現になり、右に行けば後退する表現にもなる。読み進められ方がキャラクターをどう動かすのかにも影響してきた。

▽「紙芝居のよう」の声も

 ウェブトゥーンに対して、特にマンガを読み慣れた世代からは「読みにくい」「マンガというより紙芝居のようだ」といった不評の声も根強い。日本では、作品数でも市場規模でも、従来の横読みマンガが主流だ。既存の読者の忌避感もあり、出版社が運営するマンガアプリでは縦読みマンガは少数派となっている。

 「横読みも縦読みも、その形式によって読まれたり、読まれなかったりが決まるわけではない。スマホで読むことに合っているかどうかがポイントだ」。ピッコマを運営するカカオジャパンのビジネス戦略室室長・杉山由紀子さんの答えはシンプルだ。

カカオジャパン・ビジネス戦略室の杉山由紀子室長

 ピッコマは、16年4月に日本でサービスを開始。カカオジャパンによると、ユーザー数や販売金額も右肩上がりで、1日の閲覧者数は330万人超に。20年7月にはマンガアプリの月間販売金額が国内1位のLINEマンガを逆転した。その勢いを支えるのが、韓国で配信された中から厳選して輸入するウェブトゥーンだ。最大のヒット作『俺だけレベルアップな件』は、月間の販売金額が1億円を超える。掲載作品の中でウェブトゥーンが占める割合は1・26%(約400本)だが、取引額全体の35~40%を占めるという。

 杉山さんは、マンガアプリはテレビCMを打つことが多いが、ピッコマはYouTubeやTikTokなどのSNSを中心に広告を出し、(利用時間や金額が低めの)ライトユーザーを多く獲得できていると指摘する。20年5月時点で、ユーザー層は男女差がほとんどなく、20代のシェアが最も大きい。さらにこの1年の増加率で見ると、10代男性が2倍以上に急増。ウェブトゥーンが、スマホで動画などを楽しむ、従来のマンガファンとは異なる層にリーチできているとする。

 「新しいユーザーに作品を届けたい作家にとって、ウェブトゥーンが間口を広げる役割を担っている。普段マンガは読まないがウェブトゥーンには興味を持つという人たちも多い」と杉山さん。日本にはウェブトゥーンを描く作家はまだ少なく、ウェブトゥーンに取り組む体制や人気のジャンルについて日本の編集者から多数、問い合わせがあるという。

韓国で人気となり書籍化されたウェブトゥーン作品(共同)

▽横読みは場所を失い…

 有料のウェブトゥーンは韓国で12年ごろから本格的に始まり、電子媒体で マンガを読む手法がいち早く受け入れられた。マンガ雑誌の衰退で横読みを描く場所がなくなっていたといい、それゆえに読むユーザーに合わせた描き方ができたことが一番の強みになっているようだ。

 輸入した作品をローカライズすることも重要なポイント。読者にストレスを与えないように、単に翻訳するのではなく、作品の中に出てくる本や建物の文字も日本に合わせ、右から左に読む日本に合わせて吹き出しの位置も変えている。登場人物の名前も日本風に。一見するだけでは、どこの国で描かれた作品なのか分からない。グローバル展開の手法で、杉山さんは「どこの国で作っているかは、みなさんに伝える情報ではない」と言い切る。

 形式の違うマンガを読んでもらうために大事なのは「マイナスな印象を持たせないこと」(杉山さん)。ウェブトゥーンの作品も面白いものとそうではないものが玉石混交で、面白い作品を厳選して輸入しユーザーに勧めることで、抵抗感を取り除いていったことがヒットの要因だと説明する。

 日本では、ガラケー時代からマンガの配信はあったが、話の流れを無視してコマごとに分割していたことから、利用者には不評だった。スマホが普及し、ようやく現在の形に落ち着いた経緯もある。ただ、見所の見開きページはスマホで読むと分割されてしまい、スマホを横に傾ければページがつながる工夫もあるが、その分小さく見づらくなるという課題も。ウェブトゥーンはそうした心配がなく、従来のコマ割りでは考えられない表現もできる。

 一方で、ウェブトゥーンは単行本化の際に、縦読みならではの特性が生かされ にくく、アプリで読んでいた読者にとって魅力が損なわれかねない問題点がある。 ただ、雑誌で読んだ読者に単行本を買ってもらうことを期待する従来のマンガ とは異なり、杉山さんは「単行本はファンアイテムを作っていることに近い。かかったコストを回収できれば良いという考え方だ」と指摘する。

「少年ジャンプ+」細野修平編集長

 一方、日本の雑誌マンガの代名詞とも呼べる「週刊少年ジャンプ」を長年発行してきた集英社。マンガ誌アプリ「少年ジャンプ+」の細野修平編集長は、ウェブトゥーンについて「国内の読者には既に受け入れられている」と話す。14年9月に創刊されたジャンプ+では、オリジナル連載に力を入れ、縦読み作品へのチャレンジもみられる。縦スクロールに限定したマンガ賞も2度開催。連載中の『タテの国』では、縦スクロールを活用した演出やダイナミックな動きが特徴的だ。ただ、曜日ごとの順位付けでは芳しくなく「ジャンプ+の読者は縦スクロールに(心理的な)ハードルを高くしており、人気が取りにくいようだ」と話す。

登場人物が自分たちを追ってきた巨大ミミズに気付くシーン。画面をスクロールしていくと、次第に輪郭がはっきりし読者も気付けるようになっている。『タテの国』©田中空/集英社

 ジャンプ+は配信当初から週刊少年ジャンプのデジタル版が購読できることで話題を集め、今では1日のアクティブユーザーが約130万人。オリジナルの人気作品が多く生まれ、その一つ『SPY×FAMILY』は既刊5巻で発行部数が550万部(電子版含む)に到達する大ヒットとなった。細野さんは「人気作が従来の横開き形式のマンガなので、縦スクロールマンガを元から描いている作家さんでないとあえて挑戦しようとはならず、インセンティブ(動機付け)が得にくい」と話す。

 細野さんは、ウェブトゥーンの読者について、元々マンガをよく読んできたマンガ好きではない「普通の人たち」と表現し、読者層の違いを指摘する。「ウェブトゥーンの読者は、縦スクロールのマンガだから読んでいるのではなく、自分の時間を潰してくれる物語の形式の一つとして、動画などと同じ感覚で読んでいるのではないかと思う」。

▽読み手は面白いと読むだけ

 連載作品では、スマホで読まれることを意識し、吹き出しやセリフを大きくしたり、1ページ内のコマ数を少なくしてみたりなどの工夫もされている。ただ、細野さんは「縦とか横とかを気にしているのは作り手だけで、読み手は面白かったら読むだけ。その意味で、今はアプリのオリジナルマンガを打ち出せるかどうかの勝負になっている」と指摘。「ピッコマやLINEマンガがウェブトゥーンに力を入れるのは、彼らが持つオリジナルコンテンツが縦スクロールだからだ。オリジナルマンガでの闘いになっており、それが形としてはプラットフォーム(横読みか縦読みかという表現形式)の闘いにもなっている」とした。

週間少年ジャンプと少年ジャンプ+

 細野さんは、新人作家の発掘に力を入れ、若い読者層を獲得していきたいとする。「新人作家を育ててくれる読者は若い読者だと思っている。読者はどんどん年をとっていくので、子どもから10代に向けた作品を作っていかないとならない。若い感性で書いたものを、若い感性が評価してくれるということが一番理想的だ」。

▽世界で高まる存在感

 ただ、ウェブトゥーンへの警戒感もある。少年ジャンプ編集部は海外展開を目指し、19年1月から「MANGA Plus by SHUEISHA」を日本、韓国、中国を除いた全世界で配信している。1年余りで月間アクティブユーザー数は380万人に到達。海外で海賊版に奪われていた需要を取り返すことが一つの目的だったが、細野さんは「ウェブトゥーンのプレゼンスが海外で上がってきている状況も、配信を始めようとしたきっかけだ」と振り返る。

 日本を含め、世界の電子コミック市場は拡大が見込まれる「成長産業」だ。細野さんは「10代などの若い人がどっちに馴染んでいくのかという意味で、どちらかが優位性を握ることもあり得るのではないか。ピッコマやLINEマンガのアプリを手に取る若い読者は多い。そうした人たちからすると、最初に出会ったマンガがウェブトゥーンであれば、横のマンガを読むときにハードルを感じることはあり得る」との危機感も持っている。

『俺だけレベルアップな件』の一コマ。間を最大限に生かした表現だけでなく「レベル」などゲーム的な世界観を取り込んでいる。©DUBU(REDICE STUDIO), Chugong, h-goon 2018/D&C MEDIA

▽マンガ知るきっかけに

 縦読みと横読みが、次世代のマンガ表現のプラットフォームを巡って争う事態になるのだろうか。ただカカオジャパンの杉山さんはこの点は否定的。「ゲームやアニメ、動画を楽しんでいる人にウェブトゥーンを知ってもらうことで、マンガアプリに遊びに来てもらうきっかけを提供している」と話す。縦読みの体験が、ゲームやアニメに親しむ層をマンガ世界にいざなうきっかけになっているとの見方をしている。「まさに『俺だけレベルアップな件』は、ライトノベルやアニメが好きなユーザーをピッコマに引っ張ってくる役割を果たし、そのまま他の日本のマンガも読んでもらえるサイクルになっている」。「待てば¥0」というフレーズで、一定時間待てば1話ずつ無料閲覧できる仕組みも手伝い、ピッコマに来たユーザーが、実際に1980年代に連載が始まった横読みの「静かなるドン」を読み進めるケースもあるという。

 「動画やゲーム、アニメなどマンガ以外のエンタメコンテンツにユーザーが分散されている状況が5年以上続いている。ウェブトゥーンがマンガの一種として世界中に認知されているのであれば、そこをチャンスに、ウェブトゥーンを読んで日本のマンガも楽しむユーザーが増えることを目指したい。マンガ界の生態系を拡大させていくのが使命だ」。杉山さんは力を込めて語った。

 インターネットの発展、スマホの普及、本離れ。マンガを巡る環境は著しく変化し、それがマンガ表現そのものにも変化を引き起こしている。今後5Gの普及でスマホ端末が新たな技術に取って変わられれば、また状況が激変することも考えられる。変化に適応し新しいものを生み出そうとする中で、これからも新たな名作マンガが生まれることを期待したい。

※この記事は9月7日午前に公開しましたが、画像の著作権クレジット表示にミス があったため、直して再公開したものです。

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