米国失業率が大幅改善。金利は上昇、ドルは「行って来い」の展開となった市場心理とは

9月4日、8月の米雇用統計が発表されました。米国内(特にサンベルト地域)で新型コロナウイルス感染の第2波懸念が出ていた時期です。

事業所調査ベースの非農業部門雇用者数増減は、市場予想の135万人増に対して、やや強めの137万人増でした。ただ、7月・6月分の下方修正が合計で3.9万人でしたので、ほぼ予想通りと見るべきかもしれません。


サービス業雇用者数の回復が鈍化

筆者は、米雇用統計調査週(12日を含む週)の米失業保険継続受給者数の増減から、250万人程度の増加を見込んでいましたが、大きくはずれる結果となってしまいました。9月3日の米失業保険継続受給者数発表時、米労働省は「新型コロナウイルスのパンデミックを受けた統計のゆがみに対応するため、季節調整方法を変更した」と発表しました。

季節調整方法を変更したため、8月以前の発表値との直接的な比較はできないようです。

雇用者数増減の内訳を見てみると、政府関連雇用者数が増加しており、国勢調査のための臨時雇用23万人が含まれています。いまだ、新型コロナウイルス警戒で、出歩く人が少ないのか、サービス業雇用者数の回復が著しく鈍化しています。米雇用回復ペースの鈍化は、市場参加者の米経済回復鈍化予想の増加につながり、米金融政策緩和期待を強まることになりかねませんので、今後は警戒する必要があります。

失業率は改善、予想+1.4%

一方、家計調査に基づく米8月失業率は、市場予想の9.8%に対して8.4%と大幅改善となりました。7月失業率10.2%からも大幅改善となっています。この失業率については、新型コロナウイルス感染拡大状況において、「雇用されているが休職中」との分類が、データのゆがみにつながっているために、額面通りに受け取ってはいけないとの考え方もありますので、注意しておかなくてはいけないでしょう。

最近の為替相場は、絶対的な強いか弱いかではなく、事前市場予想中心値に対して強いか弱いか(相対的強いか弱いか)で動きます。今回の米失業率発表は、市場予想との乖離が1.4%もあったことで、為替市場も米金利市場も、非農業部門雇用者数ではなく失業率に反応する結果となりました。

米8月雇用統計を受けた市場の反応は、「米ドル買い・米金利上昇」

市場予想比で乖離が大きく改善した米8月失業率を受け、指標発表前106円20銭水準で保合っていたドル円は106円50銭水準まで上昇し、ユーロドルは1.1840水準から1.1785水準まで下落しました。ファーストリアクションは、人間よりは速く売買参入できる人工知能の独壇場で、人工知能が予想比強いと反応すれば、その動きに人間は付いていかなくてはなりません。

米金利も米失業率に素直な反応となりました。米10年債利回りは0.65%水準から0.68%台後半まで上昇しました。おそらく、TV的な解説では、「リスクオンのドル買い」とか「米金利上昇を受けたドル買い」という表現になるのでしょう。

しかし残念ながら、米雇用統計発表後のオープンした米株式市場は、前日からの大幅調整の動きを引き継ぎ、下落してのスタートとなりました。米株式はファンダメンタルズよりもポジション(買い持ち超)の調整の方が大きかったのでしょう。米株式の下落や、日本時間00:00(ロンドン夏時間16:00)のロンドンFIXING(ロンドン仲値)のフロー等の影響もあり、米雇用統計を受けた米ドル買いの動きは止まってしまいました。

ここから先は、TV的な解説だと「リスクオフのドル売り」という表現になるものと思われます。ドル円もユーロドルもドル売りが強まって、NY市場が引けるころには、米雇用統計発表前の水準まで戻す動きとなりました。米雇用統計発表を見ずに9月5日の朝の為替水準を見た人は、「あぁ、何もなかったのね」と錯覚してしまったかもしれません。

なぜ金利は上昇したのか

NY市場引けに向け、米ドルは売り返される展開となった一方、米10年債利回りはNY市場午後も上昇し続けました。従って、TV的には米金利と為替を結び付けた解説が出来なくなってしまったのではないでしょうか。

米10年債利回りはNY引けに向けて0.72%水準まで上昇しました。その理由としては、大幅改善の米失業率以外に考えられることがいくつかあります。

1、9月9日の米10年国債入札、10日の米30年国債入札を控え、長期債が売られやすい地合いであった(金利が上昇しやすい地合いであった)。
2、9月15-16日開催の米FOMC(連邦公開市場委員会)に向け、米追加緩和に向けて前のめりになり過ぎていた市場のポジション調整が行われた(米国債買い持ち超の投資家の売り)。

特に、2が大きく影響したのではないかと筆者は考えています。というのは、6月の米FOMCで公表されたFOMC参加者による経済予測では、2020年の米失業率予測中心傾向は9.0%~10.0%でした(予測範囲は7.0%~14.0%)。

今回発表された米8月失業率8.4%は、FOMC参加者の9月発表予定の米失業率予測中心傾向を大幅上昇させる可能性があるかもしれません。米金融政策の追加緩和に対してかなり前のめりになり過ぎていた市場参加者の熱を冷まさせたことが、今回の相場反応であった可能性もあります。

「事実上のゼロ金利政策は何年も続くだろう」

ただし、パウエルFRB議長は、米雇用統計が発表された9月4日のNY時間午後、ナショナル・パブリック・ラジオ(NPR)とのインタビューで、「きょう発表された雇用統計は良いものだった」と言及する一方、以下のように述べました。

「金融政策に関しては、金利が何年も低水準で推移すると予想している。事実上のゼロ金利政策は何年も続くだろう。われわれは米経済が長期間低金利を必要とすると考える。それは経済活動を支援する。われわれは経済に必要とみられる支援を性急に解除はしない」と、市場が今回の米失業率に過剰に反応しないようにくぎを刺しています。

さらに、「景気回復ペース、2、3カ月間ははっきり分からない」単月の指標に振り回されないでほしいと言いたかったのかもしれません。

パウエルFRB議長は8月27日のジャクソンホールでの講演で、新たなフレームワーク(物価上昇率が現行目標の2%を超えても金融緩和を一定期間容認する新たな政策枠組み)について触れています。市場参加者はこの時の発言を受けて、9月15-16日開催の米FOMCでの新たなガイダンスに対する期待が高まっています。

為替市場は市場参加者の思惑の振れで、当面、「105円~107円」の狭いレンジでの右往左往が続くかもしれません。そして米FOMCが終わると、いよいよ米大統領選に向けた見通しが山ほど出てくるでしょう。

相場の方向性を決める大統領選の重要日程10月以降は米大統領選に向けた睨んだ思惑相場か?

筆者は2018年11月の米中間選挙以降、米国の州ごとの世論調査を分析し、「民主党の候補はバイデン氏」、「トランプ大統領は2020年大統領選で敗北」と予想してきています。7日現在でもそう思っています。ただ、米大統領候補者による討論会次第では、予想を大きく変えなくてはならないかもしれません。

最後に、11月3日の米大統領選に向けた重要日程を記しておきます。次回の執筆が第1回大統領候補討論会以降であることで、米大統領選に向けての相場の方向性が見えてくるかもしれません。

これら開催州はすべて、2016年米大統領選挙でトランプ氏が勝利した州です。

<文:チーフ為替ストラテジスト 今泉光雄>

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