軍人たちが行う積極的な「第二の人生設計」

日本に駐在していた4年の間に、私には数人、日本人の友人が出来た。彼らのうち一人は大手テクノロジー企業に勤めていたが、彼から「日本では終身雇用と言う言葉があり、定年まで居続けるのが素晴らしいという常識が未だにあるという話を聞いたことがある。この時、私はすぐさま「ミリタリーと似ている」と返答したのだが、軍のそれと、日本の終身雇用には大きく異なる点があることに、後になってから気が付いた。

アメリカでは一度職についても、ステップアップのために何度も転職を繰り返すということが、当たり前である。常に条件のよい仕事を求めて、何社も渡り歩くことは珍しくもなんともない。また、組織も従事する産業によっては新陳代謝が激しいため、合併や買収などを理由にレイ・オフ(解雇)されることも多い。だから、普通にアメリカに暮らしていれば、終身雇用という言葉など、存在しようがない感じだ。

しかし、軍はそんな中にあって特殊であり、退役期間まで勤め上げることを目標にする者の方が多い組織だ。理由は恩給保障があるためである。軍はフルタイムで従事する職業軍人の他に予備兵があり、勤め方は一種類ではないので、一様に同じ条件というわけではないが、一般的に従軍して20年勤続後に退役を決めると、恩給が支払われる資格を得ることができる。ここでは分かりやすく職業軍人の場合を例にとるが、職業軍人の場合は退役後にこの条件を満たせば、すぐに恩給がもらえるため、二十歳(早い人は高校卒業後すぐに)そこそこで入隊した場合、40歳過ぎになったら軍をリタイアし、恩給取得を考える人間が多い。つまり、日本のようにシニア世代になって会社を退職するという意味での定年とは、まったく異質の定年(というよりも退役)なのだ。働き盛りに退役し、再就職すれば恩給と新しいキャリアからのダブル・インカムが実現できる。だから軍人の場合は再就職で希望の職や収入を得ることを前提に、自分の人生設計をするというのが通常なのだ。

有難いことに従軍者への再就職の道は広く、軍に好意的な企業や政府機関も多いため、「就職難」が常にささやかれるアメリカ社会にありながら、軍人の再就職は、困るということは少ないように感じる。従軍者たちもそうしたことは理解しているので、軍に従事している最中から「新しい何かを常に学ぶ」という姿勢は徹底しているように思う。また、組織的にも軍というのは、常に何らかの課題を与えられて「トレーニング」を続けないと勤続しにくい仕組みになっていることも注目すべき点だろう。私もサイバーセキュリティ―に関するノウハウその他、軍事関係の仕事を例え離れても役立つ知識をいくつか習得しているが、それらはすべて軍事トレーニングの一環で身に着けたスキルである。

1) キャリアと自分の人格を切り離して考える

キャリアや社会上の自分の役割が、まるで自分自身の「全て」であるようなマインドセットになることは、危険だ。そのためには、生涯を通して「自分自身を学ぶ」姿勢は欠かせない。どんな転機も人生の一点に過ぎず、何があっても揺らがない自分を作るには、自分の人格をキャリアとセットで考えてはいけない。

2) 能動的に節目を意識し、人生設計を修正し続ける

キャリア・シフトが外発的要因で起こることは十分あり得る。突然のレイオフ、病気、家族構成の変化など、自分が望まない時に自分の人生を変えねばならないこともあるだろう。突然のシフトに慌てないためには、能動的に人生の節目を意識する時間を持つと良い。軍にいたら任務の中で与えられたトレーニングで資格を取得することや、20年勤続後の引退などがそれにあたるが、それらが起こった際の人生設計を、常にその時々の状況を加味しながら修正しておくことは賢明と言える。

ひとつの組織にいて「その道を究める」ことは素晴らしいが、マインドセットがその組織仕様になってしまい、柔軟性がなくなるマイナス面も考えられるだろう。軍人の場合は職業上あまりに特徴が強い職種でもあるので、そのマインドを背負ったままでは、一般社会に自らを適合させることは難しいが、それは我々に限らず誰にでも言えることだ。「キャリア=自分」ではなく「キャリアを築く主導権は自分にある」という意識は、どんな場合も重要だろう。

先述の日本人の友人は「日本では大学卒業後の就職先以上の働き先には、なかなか巡り合えないというのが通常だ。だから再就職したくないというマインドの人間が、必然的に増える」というようなことを話していたが、それが本当であれば、とても残念だと思う。人生は望もうが望むまいが、変化の連続なのだ。どんなことが起こっても、応用可能な「自分」を作ることは、それだけでも素晴らしいことだからだ。そして実はその変化こそ、様々な人間社会の側面を味わうための「人生の醍醐味」でもあるのだ。

日本とアメリカとでは社会構造が異なる点もあるとは思うが、上記2点が読者のキャリア構築における何らかの参考になれば幸いだ。

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