アギレラのキャリアと『ムーラン』の主題歌: 出発点であり人生を変えた曲の意味とは?

Christina Aguilera Photo Credit:MILAN ZRNIC

先日公開となったディズニーの実写映画『ムーラン』。22年前のアニメーションの時と同じく、クリスティーナ・アギレラが主題歌の「Reflection(リフレクション)」を担当しています。そんなアギレラと映画『ムーラン』、そして主題歌についての関係をライターの新谷洋子さんに解説頂きました。

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先頃公開された話題の映画『ムーラン』で、ひとつの名曲が蘇った。それは、この映画のオリジナル版にあたる1998年公開のアニメーション作品の主題歌だった「Reflection」。当時17歳のクリスティーナ・アギレラが歌い、彼女をデビューへと導いた曲でもある。そんな「Reflection」が辿った進化の過程を、クリスティーナ自身のアーティストとしての歩みを重ねながら振り返ってみよう。

クリスティーナ・アギレラの代表曲は何かと問われたら、人々はどの曲を挙げるのだろう。初の全米ナンバーワン・シングルだった「Genie In The Bottle」?  文字通りダーティーな「Dirrty」?  名バラードの「Beautiful」?  ブルースをモダンに再解釈した「Candyman」?  20年以上のキャリアを誇り、ヒット曲があり過ぎる人だから選ぶのは容易ではないが、つい忘れがちな名曲と言えば、17歳の時に彼女が歌って大手レーベルと契約するきっかけを作った「Reflection」である。1998年公開のディズニー・アニメーション映画『ムーラン』のエンディングを彩った、“自分に正直に生きること”をテーマにした主題歌だ。

軍属の父親が日本の基地に配属されたために幼少期を東京で過ごし、大の親日家としても知られるクリスティーナ。物心ついた頃からシンガーを志していた彼女は、1993年から2シーズンにわたってディズニー・チャンネルのバラエティ番組『The Micky Mouse Club』に出演(ほかにもブリトニー・スピアーズやライアン・ゴスリングが同時期に出演していた)。

番組内で歌唱力を披露する機会を得て、夢の実現に向けて最初の一歩を踏み出し、デビューのチャンスを窺っていた。そんなある日突然マネージャーから連絡が入り、ディズニーが新作映画の主題歌を歌うシンガーを探しているから、プロデューサーに聴かせるために音源を用意して欲しいと告げられる。そこでチープなテープレコーダーを使って、自宅のバスルームでホイットニー・ヒューストンの「Run To You」を録音。これが製作陣に気に入られ、クリスティーナはいきなり大役を任されることになる。

その映画こそ、中国の伝説をインスピレーション源に、男性だと偽って兵士になった少女を主人公に据えた、ディズニー史上初めて東アジアを舞台にした画期的な映画だったわけだが、17歳の新人とはとても思えない「Reflection」の堂々たるヴォーカル・パフォーマンスはメディアの賞賛を浴び、全米アダルト・コンテンポラリー・チャートでトップ20入りを記録。第56回ゴールデン・グローブ賞の最優秀主題歌賞にもノミネートされる。音楽業界内でもリリース前から「途方もない喉の新人がいる」と、大反響を呼んでいたという。

中でも逸早くこの曲を耳にして彼女の歌声に惚れ込んだのが、プロデューサーのロン・フェアーだった(これまでにメアリー・J.ブライジからレディー・ガガまで多数のアーティストのヒット作に関わっている)。彼は早速、当時在籍していたRCAレーベルにクリスティーナを契約。『ムーラン』の公開から1年後には、ファースト・シングル「Genie In A Bottle」が全米チャートの頂点を極めたほか、世界約20カ国でナンバーワンを獲得していた。続いて1999年9月に登場したデビュー・アルバム『Christina Aguilera』(「Reflection」も収録)もアメリカ国内だけで800万枚を売り上げる驚異的なヒットを博して、彼女は見事に第42回グラミー賞の新人賞に輝くのだ。

以来、2018年の最新作『Liberation』まで8枚のアルバムを発表し、シングルとアルバム合計で5千万枚のセールスを記録。アメリカのポップ・ミュージック界を代表するアーティストとして揺るぎないポジションを確立したクリスティーナだが、輝かしいキャリアの出発点であり自分の人生を変えた1曲である「Reflection」への思い入れは非常に強く、ここにきて実写でリメイクされた『ムーラン』のためにもう一度レコーディングする機会を得たことに大いに興奮しただろうことは、想像に難くない。そのニュースをSNSでファンと分かちあった際には、「私にとってこの曲は常に、エキサイティングで新しいチャプター、エキサイティングで新しいエネルギーを意味しているんです」と添えていたものだ。

ちなみにこの2020年版『ムーラン』は、中国/香港系俳優を起用し、ロケも一部中国で行なって完成させた、壮大なファンタジー・アドベンチャー・ムービー。女性監督(『クジラの島の少女』で知られるニュージーランド人のニキ・カーロ)を迎え、新たな女性キャラクターを加えて“女性の連帯”という側面で肉付けするなど、様々な面で時代に即したアップデートが成されている。サウンドトラックも然りだ。

1998年版は半ばミュージカル仕立てだったことから、マシュー・ワイルダー(1984年にシングル「Break My Stride」を大ヒットさせたシンガー・ソングライター兼プロデューサー)とデヴィッド・ジッペル(ミュージカル界で広く活躍する作詞家)が手掛けたヴォーカル曲と、ジェリー・ゴールドスミス(約170本の映画に音楽を提供した映画音楽の大家。2004年没)が手掛けたスコアを織り交ぜてサウンドトラックが構成され、クリスティーナのヴァージョンだけでなく、ムーランの声を担当したレア・サロンガが劇中で歌う「Reflection」も収められている。

他方の2020年版サウンドトラックでは、ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ(『ナルニア国物語』シリーズなどで音楽を手掛けた英国人の作曲家。カーロ監督とは『ユダヤ人を救った動物園 アントニーナが愛した命』でもコラボ)が新たに作り上げた18曲のスコアに、4曲のヴォーカル曲をプラス。「Reflection」はクリスティーナの新装英語版、主演のリウ・イーフェイによるマンダリン版、城 南海による日本語版、計3カ国語で聴くことができる。

このうちクリスティーナの「Reflection」は、アコギを印象的に使ったシンプルなポップソングだった原曲から一転、たっぷり抑揚をつけ、オーケストラを配することで大幅にスケールアップ。ドラマティック極まりない王道のハリウッド映画主題歌に仕上がっており、彼女の歌声にも20年分の重みと深みが加わった。

ヴォーカリストとして積んだ経験値もさることながら、そこには映画と曲のメッセージそのままのクリスティーナ自身の生き様が付加した圧倒的な説得力が感じられる。というのも、自分を偽ることの罪悪感に苛まれ、本当の自分とは何者なのだろうかと自問し、最終的に自分らしく生きようという決意に至るまでのムーランの心の動きを描く「Reflection」は、そのままデビュー当時の彼女が置かれていた状況にもあてはまるのだ。

『Christina Aguilera』で大ブレイクはしたものの、キュートなポップ・アイドル的な立ち位置でスタートを切り、外部のソングライターたちに提供された曲を大人しく歌うことに物足りなさを感じていたクリスティーナは、セカンド・アルバム『Stripped』(2002年)で一念発起。レコード会社を説得して制作の主導権を握ると、自らソングライティングに関わって、ヒップホップやロックの要素も取り入れて、歌いたいこと歌って、決して幸福ではなかった少女時代のこと、複雑な家族関係のこと、何もかもさらけ出したのである。

ファッションも一気にワイルドになって世界をあっと驚かせたものだが、一旦自分を解放した彼女は、現在に至るまで音楽界の規範に縛られず、ジャンルを横断し、アルバムごとに大胆に実験を行ないながら唯一無二の歌声に磨きをかけてきた。それだけに、二児の母親になり、40歳の誕生日を前にした今聴かせる「Reflection」には格別の味わいがある。

そういえば、昨年ディズニー・レジェンド賞(1987年に創設され、ディズニー社に大きな貢献をした人物を讃える賞)を受賞した時のスピーチでも、クリスティーナは「Reflection」に言及していた。曲が持つタイムレスなメッセージ――信念に従って生きること、本質を見せること、勇気を持つこと、闘士になること――はずっと自分に寄り添い続けており、子供たちにも伝え聞かせている、と。

また新生『ムーラン』には、彼女が歌う新曲もフィーチャーされている。エンドロールで「Reflection」に先立って流れる「Loyal Brave True」だ。ハリーがスコアのために作った音源をベースにして、英国人の売れっ子プロデューサー兼ソングライター、ジェイミー・ハートマン(ジェイミー・カラムやルイス・キャパルディのアルバムに参加。クリスティーナとは2012年のアルバム『Lotus』で共作した)らが綴ったこの曲は、より具体的に映画のストーリーをなぞっており、タイトルはムーランの父の刀に刻まれた3つの言葉――すなわち、3つの美徳を指す。忠義の“忠(loyal)”、勇気の“勇(brave)”、真実の“真(true)”という具合に。

中国の伝統音楽のスタイルを取り入れた勇壮な曲調に準じて、ヴォーカルもここではキリリと緊張感を湛え、その刀を手にして父の代わりに闘うことを選んだムーランの、兵士としての心構えを代弁。厳粛な趣は、「Reflection」のどこかノスタルジックな優しさと、鮮やかなコントラストを成している。クリスティーナは昨年からラスベガスの劇場で断続的に開催していたコンサート・シリーズ『The Xperience』(現在はコロナ禍で休止中)で「Reflection」を毎回歌っていたが、次にステージに立つ時には、きっと「Loyal Brave True」もナマで披露してくれるのだろう。

Written By 新谷洋子

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『ムーラン オリジナル・サウンドトラック』
9月4日(金)デジタル配信
9月11日(金)国内盤CD発売

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