新国立しのぐ有名建築家が集うコンペが実現 採用された「競技場が公園と融合する」姿とは

新国立競技場をしのぐほどの、近年まれにみる有名建築家が一同に集まるコンペが長野県で行われた。陸上“専用”競技場がテーマとなり、これまでの概念を覆す案として採用された「陸上競技場そのものが公園と融合する」選定案を、本コンペの審査委員を務めたスタジアム・アリーナの専門家・上林功氏が解説。Mazda Zoom-Zoomスタジアム広島など数々のスポーツ施設を手掛けてきた「スポーツ×建築」のスペシャリストである上林氏が今最も注視するプロジェクトとは?

(文=上林功、写真&資料提供=長野県)

新国立競技場をしのぐハイレベルなコンペが実現

陸上競技場。現在、全国でスタジアムやアリーナの収益化や多機能化が議論される中で、陸上トラックの占用利用がやり玉に挙げられるのをしばしば見かける。スタジアムビジネスを考えるうえで陸上競技は収益化しにくい、インフィールドのサッカー利用の際に陸上トラックがあると観客席とピッチとの距離が離れてしまって臨場感がないなどの批判もあり、新しいスタジアムとして専用球技場が計画されることが多くなっている。

一方この夏、陸上“専用”競技場がテーマとなり、長野県で公募型プロポーザルコンペが行われた。日本を代表する建築家が集結し、建築界のノーベル賞と呼ばれるプリツカー賞の日本人受賞者4名が参加する新国立競技場をしのぐほどのハイレベルなコンペとなった。

最適候補者に選ばれた青木淳+昭和設計の提案は、これまでの陸上競技場の概念を覆すもので、新スタジアムを考案するうえで避けられる傾向にあり、スタジアムビジネスのお荷物として挙げられやすい陸上競技場やそのトラックに対し、真正面に捉え、その可能性について問うたこれまでにない提案となった。

スタジアムの将来を考えるうえで極めて重要な転換点となるかもしれない設計提案。今回は長野県の松本平広域公園陸上競技場整備事業基本設計プロポーザルコンペにフォーカスして、陸上競技場の可能性について考えてみたい。

空港に隣接する自然豊かなスタジアムの課題とは

今回、コンペの舞台となったのは長野県松本市。松本空港の四方を取り囲む「信州スカイパーク」にある松本平広域公園陸上競技場は、約40年前の1978年の国民体育大会の会場として整備された。施設の老朽化などの課題を抱えており、長野県での開催が内々定した2027年の国体の開催に合わせて建て替えが行われることになったのが経緯である。

信州まつもと空港に隣接するロケーションは国内随一。連山を背景に目の前で飛行機が離発着する迫力ある風景が広がる。陸上競技場からの景観を生かすことが問われつつ、逆に飛行機から着陸時に上空から見える新スタジアムの「スカイスケープ(空から見た景色)」も重要な検討内容として挙げられた。

敷地となる信州スカイパークは多目的ドームの「やまびこドーム」やJ2所属のプロサッカークラブ・松本山雅FCがホームスタジアムとして使用する専用球技場の「サンプロ アルウィン」など豊富なスポーツ環境が空港を取り囲んでいる。国内の新スタジアム計画においては、こうした施設を統合化し、合理化を図る考えが近年よく行われているが、広大な敷地、雄大なロケーションを考えると施設の統合化は必ずしも最適解ではない、そんな場所となっている。

課題となるのは、陸上競技の占用利用を前提とした稼働率の向上である。しかも市民利用だけでなく、いかにしてスタジアムとして自活できるか、スタジアムビジネスをどのように成立させるかがポイントである。また今回の新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、新しい生活様式としてのスポーツ環境について国体を通じて示せるか、などこれまでのスタジアム・アリーナでの議論とは異なった視点での議論が行われた。

建築家がスタジアムをダメにした?

従来、こうした新スタジアム計画においては組織事務所と呼ばれるスポーツ施設の実績を多く持つ建築設計事務所が参加するのが常ではあるが、より広い知識と柔軟な提案力が求められることもあり、参加条件を大幅に緩和することで個人事務所を持つ建築家が参加できることとなった。

提案参加者は建築界のノーベル賞といわれるプリツカー賞の受賞者である槇文彦、SANAA(妹島和世+西沢立衛)、伊東豊雄が参加、また国内最高の建築設計賞の一つである村野藤吾賞受賞者である内藤廣、隈研吾、仙田満など近年まれにみる有名建築家が一同に集まるコンペとなった。

一方、有名建築家が集まっても必ずしも良いスポーツ環境の提案につながらないのがスタジアム建築の難しいところである。かつて2002年FIFAワールドカップ・日韓大会においてもいくつかのスタジアムが有名建築家の手によって設計・建設されたが、「使いにくい」「デザイン偏重」「維持費が膨大」などの声が上がる施設もあり、現在のスタジアム・アリーナ政策はある意味こうした歴史的な経緯のカウンターともいえる。

従来、こうした国体のスタジアムがコンペで取り上げられる場合、審査のポイントとして「風景に調和した屋根形状」や「地域性を取り入れた素材」が高く評価される傾向にあった。スタジアムは他の公共施設と比べてもその大きさが巨大なこともあり、そのカタチや外観が重視されるのは当然ではある。その一方で、施設内容に相当する陸上競技場としての利用のしやすさや施設管理の合理化などは規格通りにつくれば競技団体がうまく使ってくれるものとして積極的な提案が行われてこなかった、もしくは競技団体が積極的にメッセージを出してこなかった経緯がある。

新しい生活様式におけるスポーツの在り方が問われるなか、スポーツ環境そのものについて問ううえで、施設や地域や市民、そしてアスリートにいかに寄り添うか、寄り添える可能性を持つ計画であるかがポイントといえるだろう。

今回参加した建築家の方々の提案全容についてはに掲載されている報告書に任せたい。長野県は全国でも珍しく、提案内容や審査過程についてすべてオープンにしている極めて透明性の高い取り組みを行っている。そのため公表に時間はかかるようではあるが、ぜひ審査に係る生々しい議論についても注目してみてほしい。

スタジアムの解体と公園の融合

並みいる建築家から最適候補者として選定されたのは建築家の青木淳と組織設計事務所の昭和設計の共同チームであった。青木淳氏は杉並区大宮前体育館や新潟県の遊水館などいくつかのスポーツ施設を設計しているが、著名な建築作品となると京都市京セラ美術館や青森県立美術館などの美術館や、ルイ・ヴィトン表参道などアートデザイン領域のほうが印象深い。共同チームを組む昭和設計は国内の国体施設をはじめとする公共スポーツ施設を多く手掛けており、こちらは数多くの作品がある。

今回のスタジアムへの提案は一言でいうなら「スタジアムの解体と公園の融合」と表現するにふさわしいもので、通常、陸上トラックを囲むように設けられる観客スタンドや各種の施設は小さく分けられ、公園の各種機能とを融合する大胆な提案が行われた。

メインスタンドは車寄せのロータリーと融合し、バックスタンドは隣接するテニスコートやサブトラックを結ぶ連絡通路となり、サイドスタンドはカフェ&トレーニング施設の屋根を兼ね、陸上トラックは伸遠され公園のマラソン走路につなげられた。

「スタジアムを公園に開く」というレベルではなく、陸上競技場そのものが公園と融合することで公園のイベント利用時の機能性を高めるとともに、陸上競技場の稼働を促す妙案となっている。

青木淳氏の著書「原っぱと遊園地」(王国社刊)において遊園地と原っぱを比較し、用途が明確な施設として「遊園地」、用途をみんなでつくり上げていく「原っぱ」と表現している。陸上競技場としての境界を引かず、公園と共存する今回の提案は、陸上競技場というスポーツ施設をつくるのではなく、県民・市民を巻き込んで共に創るスポーツ環境を提案する世界的にも例のない陸上競技場といえるだろう。

ある意味、これまでのスポーツ振興の仕組みに新しい生活様式を取り入れたようなカタチである。近しい事例としては、森林公園の木々の間を縫うようにトラックを設けたスペインのオロトにある陸上競技場などが挙げられるが、公園との高次利用という点において、独立採算によるスタジアムビジネスにつながる可能性を秘めた提案といえよう。

もちろん課題がないわけではない。従来の県大会や国体を実施するには労力を必要とする施設かもしれない。解放されたトラックの維持管理や、大会・イベント管理運営上の問題もあるかもしれない。

もはや施設の壁は物理的に不要

一方で、より柔軟な施設利用を可能にする施設でなければ、既定の陸上競技場はすでにコスト高の財政を圧迫する施設の筆頭となっており、無理やりインフィールドのサッカー利用を行って不興を買うなど、陸上競技場と球技場の双方にとってよくない状況となっているのが現状である。スタジアムの多機能複合化を問ううえで、サッカースタジアムは興行を主軸とした提案がリーグを中心として出されているが、陸上競技場においても同様に新時代の在り方を問わなければならないと痛感させられるコンペであった。

唯一願うのが、地域のスポーツ競技団体や関係団体の皆さんの理解一つであると考えている。まずは決してこの提案が奇をてらったものではなく、現在進むスタジアムの高次利用の文脈に巧みに沿っていることを重ねて評価したい。公園と陸上競技場が共に在るうえで、もはや施設の壁は物理的に不要であり、より積極的な共存に向けた具体的な提案が求められている。またコロナ禍による新しい生活様式におけるスポーツ施設の在り方の一つとして、集・接・閉を利用した施設管理、大会運営は遅かれ早かれ避けなければならない事実があり、本提案は3密を避けつつスポーツ環境を確立する建築的な回答をつぶさに体現した提案となっている。

青木淳氏の述べる「原っぱ」はみんなでつくる共創の場であり、分け隔てなくできるだけ多くの人が関わることを必要とした施設の在り方ともいえよう。県民を巻き込むインクルーシブなスポーツ環境をつくり出せるかどうか、完成後ではなくそのプロセスに注目したい今最も注視するプロジェクトである。

<了>

PROFILE
上林功(うえばやし・いさお)
1978年11月生まれ、兵庫県神戸市出身。追手門学院大学社会学部スポーツ文化コース 准教授、株式会社スポーツファシリティ研究所 代表。建築家の仙田満に師事し、主にスポーツ施設の設計・監理を担当。主な担当作品として「兵庫県立尼崎スポーツの森水泳場」「広島市民球場(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)」など。2014年に株式会社スポーツファシリティ研究所設立。主な実績として西武プリンスドーム(当時)観客席改修計画基本構想(2016)、横浜DeNAベイスターズファーム施設基本構想(2017)、ZOZOマリンスタジアム観客席改修計画基本設計など。「スポーツ消費者行動とスタジアム観客席の構造」など実践に活用できる研究と建築設計の両輪によるアプローチをおこなう。早稲田大学スポーツビジネス研究所招聘研究員、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究所リサーチャー、日本政策投資銀行スマートベニュー研究会委員、スポーツ庁 スタジアム・アリーナ改革推進のための施設ガイドライン作成ワーキンググループメンバー、日本アイスホッケー連盟企画委員、一般社団法人超人スポーツ協会事務局次長。一般社団法人運動会協会理事、スポーツテック&ビジネスラボ コミティ委員など。

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