「雨を願う強気なスタッフもいます」ブリヂストンに聞くクラス1タイヤ開発最前線と今季の“タマ”

 スーパーGT第3戦鈴鹿、GT500クラスではMOTUL AUTECH GT-Rが今季初優勝。その勝利にはミシュランが大きく寄与していたことは既報のとおり。また、その予選ではダンロップを履くModulo NSX-GTが圧倒的なタイムでポールポジションを獲得したが、こちらでもダンロップが進めてきたタイヤ開発が実った形となった。

 今季のGT500は新型車両導入イヤーということで、自動車メーカーのマシン開発だけでなく、タイヤ開発競争もまた新たなフェーズに突入していると考えられる。

 第3戦鈴鹿の現場では、2016年から王座を守り続けるブリヂストン(BS)の開発責任者・山本貴彦氏に、今季向けタイヤの開発や一部陣営を悩ませる“ピックアップ”などについて話を聞くことができた(※取材は決勝前に実施)。

 今季からClass1+α規定が完全採用され、サスペンションまわりの多くの部品が共通化されたほか、フロアの細かな空力パーツも規制されたことなどにより、当初は「ダウンフォースが減る」ことが危惧されていた。

 BSでも当初は「フロントダウンフォースが減るという話だったので、フロントのグリップ、とくに荷重が減ったところをケアできないか、というのがクラス1車両になるにあたっての抑えどころでした」と山本氏は言う。

 だが「結果的には車両メーカーさんも開発で対応されてきたようで、フロントが極端に弱いといったことはありません」。したがって、タイヤとしても昨年からは「正常進化」で対応できている。

 近年BSが課題にしてきた「一発」に関しても、「昨年後半の段階でもまぁまぁいいパフォーマンスを示せていましたが、(今季は)そこから確実に進化できました。開幕2戦は上出来すぎるくらいの結果です」と山本氏の自己評価は高い。

2020年スーパーGT、第3戦を終えてランキングトップに立つau TOM’S GR Supra(関口雄飛/サッシャ・フェネストラズ)。

 タイヤメーカーはチームと協力してマシンのセットアップを組み立てていく面もあるが、2020年型車両へのチーム側のアプローチについては、どう感じているのだろうか。

「最終的に(チームが)どういうセットアップにされているかは分かりませんが、昨年までだと『アシ(サスペンション)を動かしすぎてしまうと空力が抜けてしまって走りにくい、だから固めざるを得ない』となっていたものが、『多少動かしても、意外と走れるな』といった具合に幅が広がっているような印象はあります」

「DTMの車両を見ても、しっかりアシを動かして負荷をかけて、という方向に見えますが、それに近づいたのかな、と」

 サスペンションとともにばね剛性を受け持つタイヤのサイドウォールの「たわみ量」については「昨年までとそれほど変わらない」というが、この先はまた違った段階に入ると山本氏は予測する。

「多少動かしてもいいところはありそうとはいえ、やはり空力という面ではなるべく動かさないで決まった車高を維持できるのが理想。とくにいまはスプリングの種類に至るまで制約を受けているので、次は『もうクルマ側ではここまでしかいけないから、あとはタイヤでどうにかできないか』という話になってくるのかなという気はしています」

「端的にいうと、(姿勢の)変動要素を減らしたいので『もうちょっと硬くしてくれ』というリクエストをいただくことになるのかな、と。『でもグリップは落とさず、ピーキーにはしないでね』という難しい注文も同時に付きそうですが(笑)」

 今季の大きなトピックであるFR化されたNSX-GTについては、「もともとそれほど差がないというか、MR用/FR用と区別していたイメージではないのですが、それがさらになくなったかな、という感じはあります」という。ミッドシップハンデの撤廃による重量減の影響も、タイヤとしてはさほど受けなかったそうだ。

「それよりはピックアップをケアするためのポジション(スペック)を持ちたい、というような話の方が(ホンダ陣営からは)多かったですね」

■ホンダだけに顕著? “ピックアップ”最新事情

 ピックアップとは、タイヤ表面にタイヤかすがこびりついてしまうことによって生じる(一時的な)グリップダウンのことを指す。タイヤ競争の激しいスーパーGTでは、とりわけ2010年代に入ってから顕著に見られるようになった現象で、ときにレースの勝敗を大きく左右する。

 ピックアップは自らのタイヤのゴムかすが飛んでいかない現象と、路面に落ちている他車のゴムを拾ってしまう現象に大別できるが、山本氏は「そのふたつを切り分けることは、正直なかなかできないです」と打ち明ける。

「いずれによ、拾ったものが飛んでいかないのが一番まずいわけです」。自ゴムはその瞬間瞬間は大きなものではないが、路面に落ちているゴムは大きな塊となっていることもあるからだ。

「鈴鹿だとフロントに付くことが多いのですが、フロントは(ステアリングを)切ればいいので、比較的飛ばしやすい。現象としてのピックアップはフロントにも起きているけど、問題にはならないということです。タイムがガクっと落ちるのはリヤのときが多いかもしれません」

 ピックアップに対しては、セットアップや乗り方で解決することができている陣営がある一方、しばしば悩まされ続けている陣営もあり、「よくピックアップが起きる(問題になる)クルマ」と「問題にならないクルマ」という傾向は明確に存在している。

 たとえば今季のNSX-GTでいえばARTA NSX-GTとRAYBRIG NSX-GTにはピックアップが起こりやすいが、KEIHIN NSX-GTはほとんどピックアップに悩まされていない。

2020年スーパーGT KEIHIN NSX-GT(塚越広大/ベルトラン・バゲット)

「(NSX-GTの3チームに関しては)以前から同様の傾向はありますね。クルマのセットの方向なのか、ドライバーさんの乗り方の違いなのか……」と山本氏。

 また、GRスープラとGT-R陣営からはあまりピックアップを問題視する声は聞かれないが「走ったあとのタイヤの肌などを見るとピックアップにつながりそうな兆候はある」という。

「ただ、スープラに関してはほぼ(問題視する声は)ないですね。うまく飛ばせているのか、乗り方を意識しているのか。よく分かりませんが……」

 タイヤメーカーの開発担当者も「よく分からない」というピックアップ。車両が新しくなった今季も、この問題はついてまわっている。これはBSに限ったことではなく、他のタイヤメーカーを履く陣営も同様のようだ。今後もしばしば、レースの行方を左右する存在となりそうだ。

■2019年第7戦の惨敗が出発点。最大の課題はウエットタイヤ

 BSが今季力を入れてきたのはドライタイヤだけではない。まだ実戦でその投入チャンスはないが、ウエットにも重点を置いて開発を進めてきた。

 きっかけは、昨年9月に行なわれた第7戦SUGOである。

 一部スリックスタート組はいたものの、基本はスタートからフィニッシュまでフルウエットとなったこのレースで、BSは惨敗。表彰台の一角に食い込むことすら許されなかった。

 レース序盤はハードめのウエットタイヤが機能したが、セーフティカーが入ったことでタイヤ温度が下がるなどした結果、BS勢は軒並みペースに苦しんだ。

 雨天時は、水量や温度変化などによってタイヤメーカーの勢力図が大きく変動する傾向にある。それまでの岡山や富士における雨では強さを発揮できていたBS陣営だったが、このSUGOのコンディションで「足りなかった部分が明確になった」という。

「SUGOの敗戦を受け、ウエットについてはわりと大きな課題と捉え、改善に取り組みました」と山本氏。

「オフの間、ちょうど新型コロナウイルスの感染拡大が始まる前くらいまでがメインの開発期間でしたが、そこでいいものが手にできました。ただ、そういうシーズンに限って雨が降らない(笑)。富士も鈴鹿も、直前まで降水確率が高かったのに、天気がどんどん良くなっていって……」

「『ドライで勝っても昨年の延長なので、雨が降って欲しい』なんて言う、強気なスタッフもいます(笑)。ただ、ウエットについては負けていたところからのスタートなので、他社さんも今季に向けてさらに伸びているかもしれない。不安はありつつも(成果を)見てみたい、という心境です」

 今週末の第4戦ツインリンクもてぎは、現時点では雨が絡みそうな予報もある。早くもシーズン前半戦のラストレースを迎えるもてぎでは、ウエットでの勢力図にも注目していきたい。

2020年スーパーGT カルソニック IMPUL GT-R(佐々木大樹/平峰一貴)

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