日本代表河合選手 新天地で夢挑戦 車いすフェンシング、県内企業に所属先変更

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「今が強くなれる時」と語る河合選手=富山市婦中町下吉川

 車いすフェンシング日本代表の河合紫乃選手(28)=富山市出身=は新型コロナウイルス禍で環境を変え、夢舞台への道を再び歩き出した。所属先を富山環境整備(同市)に変更し、新型コロナ感染を避けるため、活動拠点を東京から香川に移した。目標だった東京パラリンピックが延期となり、自らを奮い立たせようと心機一転。「モチベーションの維持が大変だけど、一歩ずつ進んでいきたい」と前を向く。 (野村達也)

 河合選手は富山市神保小学校時代にバドミントンを始め、富山商業高、法政大では全国大会で活躍。卒業し実業団の北國銀行(石川)へ入った。

 しかし2015年12月、股関節のけがの手術を受けた後、神経損傷で左脚にまひが残った。車いす生活となり、実業団を辞めざるを得なくなった。

 立ち直るきっかけは、東京五輪を目指す同世代のバドミントン選手たちの活躍だった。18年9月に車いすフェンシングを始め、「パラリンピックに出る」と決心。持ち前の運動神経を生かし、約1年で日本代表になった。

 国際大会で実績を積むさなか、新型コロナの影響で今年3月から全ての競技会が中止に。練習拠点の東京で感染が拡大し、4月に指導者のいる香川へ移った。休日には京都のナショナルトレーニングセンターでの日本代表合宿にも参加している。

 外出自粛期間中は高価な競技用具などの支援を受けるため、スポンサー集めに奔走。サポート企業が1社から11社に増えた。

 「地元に応援してもらいたい」との思いで、4月に所属先を都内の企業から富山環境整備に変更。将来的に県内で競技の裾野を広げられるよう、同社が運営するパン店「アンドブレッド」(富山市婦中町下吉川)の横に練習場を新設した。認知度アップや活動費の確保のため、モデル活動やイベント出演にも積極的だ。

 今後は11月にイタリアでワールドカップ、12月にタイでアジア選手権などが予定されているが、コロナ禍で出場の可否は不透明。東京パラリンピックの開催を含め先が見通せない中、河合選手は「焦ることはない。今が強くなれる時」と静かに闘志を燃やしている。