「サッカーコラム」守備側の「股を通す」=ゴールへの一本道 J1川崎のルーキー三笘が見せた技術

横浜M―川崎 後半、ゴールを決め笑顔の川崎・三笘(右)=日産スタジアム

 近年のスポーツには、科学に基づく最新の理論が取り入れられている―。来年に延期された東京五輪の関係で選手の日常がメディアで取り上げられる機会が多くなっている影響で、そのような印象を抱く読者も多いだろう。現実を見ると、それはトップアスリートに限られている。多くのスポーツの現場ではいまだに指導者の「経験主義」が幅を利かせているのだ。

 150年以上の歴史を持つサッカーも同じ。時に「革新的」と表現される進化を果たしてきた。それでも現在の知識を持って大局的視点から見れば、その進化も限られた枠の中で起きたことだった感じがする。

 とはいえ、ここ数年のサッカーでは革新的な変化が見られる。典型的な例はGKのプレーだ。欧州では10年ほど前から始まり、JリーグではFC東京時代の権田修一(ポルティモネンセ)がいち早く取り入れた「倒れないゴールキーピング」は、今や常識となっている。

 一言にJリーガーといっても、技術に関しては二つのタイプに分かれる気がする。「プロになってから覚えた選手」と「育成年代から当たり前のように取り入れてきた選手」だ。その違いは、シュートの場面で顕著に表れる。9月5日に行われたJ1第14節、横浜M対川崎の試合を見て強く思った。

 試合は横浜Mが先制したものの、川崎が3ゴールを重ねて3―1と逆転勝利を収めた。川崎が奪った3点の中でも、同点ゴールは一昔前の日本人選手のサッカー理論にはない狙いだったのではないだろうか。

 そのゴールは前半33分に生まれた。横浜Mの浅いDFラインに合わせ左サイドに張っていたルーキーの三笘薫に対し、センターサークル付近の脇坂泰斗からロングパスが入る。横浜MのDFは中央に絞っていたため、三笘の前方には広大なスペースが広がっていた。ドリブルでゴールへ一直線に向かう三笘に対し、横浜Mのチアゴマルチンスが俊足を飛ばしカバーに入る。その瞬間、三笘は右足アウトサイドにボールを持ち替えて切り返した。右半身で走り込んでいたチアゴマルチンスは対応するために三笘に対して正対する。この瞬間を三笘は狙っていた。

 「カットインしてからの股抜きは狙いました」

 切り返しを入れることでチアゴマルチンスは体勢を立て直さなければならない。その時には必ず両足が開く。三笘の頭の中には、広がった股の間から通じるゴールへの一本道がイメージされていたのだ。後はそこにボールを送り込むだけ。「相手の足に当たって」という右足シュートは、GK朴一圭のセーブも及ばずゴール右隅に吸い込まれた。

 股の下にある、わずかな空間を狙うシュート。数年前までは意識的にこれを狙う日本人は、ウエスカ(スペイン)でプレーする岡崎慎二ぐらいしか見当たらなかった。なぜなら、シュートはDFのタックルする足を左右のスペースに外して打つものと教え込まれてきたからだ。

 考えてみれば、股の下は一番ゴールになりやすい。なぜなら、DFはゴールをカバーする位置に立つものだからだ。GKに至ってはゴール中央とボールを結んだ線上にポジショニングするのが原則となっている。DFやGKの股間を通れば、ゴール枠を外すことはないのだ。

 若い年代には「股間を狙う」ことは常識になりつつあるのだろう。後半5分に川崎が奪った3点目も、股間を通してできたチャンスから誕生した。起点となったのは、交代出場したルーキー旗手怜央だ。右サイドから三笘に送った完璧なクロスも、マークに来たDFティーラトンの足が開いた瞬間に股の下を通したラストパスだった。

 ドリブラーでチャンスメーカー。「自分はそんなに得点を取るタイプではない」という三笘だが、この日の2ゴールでチーム最多の8得点を挙げている。そのうち4得点が相手の股を打ち抜いたものだ。自らのJ初ゴールとなる第7節の湘南戦に第11節のC大阪戦、GKを破った第13節の清水戦、そして横浜M戦。こんなに股下を通す点取る屋は日本人では恐らく初めてだろう。

 股の下を抜くシュート。そのタイミングは、誰もが身に付けられるものではないだろう。おそらくリズム感の良しあしにも近いものがあるのではないだろうか。ただ、これを身に付ければシュートコースは倍に増える。自らを点取り屋ではないという三笘だが、J1横浜FCのカズ(三浦知良)も帰国当初はアシストにこだわる左ウイングだった。それが日本を代表するストライカーに短期間で進化したことを考えると、化ける可能性は十分にあるだろう。

 東京五輪世代のセンスに驚いた夜、もう一つの技術に魅了された。開始2分に横浜Mのマルコスジュニオールが挙げた先制点。右サイドの松田詠太郎が放ったマイナスのクロスを右足インサイドでダイレクトにゴール左に流し込んだ。軸足の爪先も体の向きも右側に向けて左側に蹴るキックは、現役時代の“ペップ”グラウディオラが得意としていた。守る側を完全に欺くこのキックの技術も、早く日本人選手の間で普通に使われればいい。

 外国籍選手や欧州や南米リーグで使われている技術を、日本人選手が知らないのは、それだけで競争力が劣ることになる。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

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