『セノーテ』ユカタン半島の泉と人々を撮しとる

(C) Oda Kaori

 今年、新設された第1回大島渚賞を受賞した小田香の新作だ。これはPFF(ぴあフィルムフェスティバル)が、日本から世界に羽ばたく新しい才能を育てるために創設した賞で、前作『鉱 ARAGANE』がハンガリーの巨匠タル・ベーラが率いる映画学校の卒業制作だったことを鑑みると、事実上本作によって受賞したと考えていいだろう。

 「セノーテ」とは、メキシコのユカタン半島北部に点在する洞窟内の泉のことで、マヤ文明の痕跡が残る神秘的な場所だ。この撮影のためにダイビング技術を習得した小田監督は、泉の近辺に暮らすマヤにルーツを持つ人々の“顔”や生活、祝祭にもカメラを向ける。

 圧倒的なのは、カメラが水中から水面へと移る瞬間。その水と陽光、そして浮遊感が織り成す映像は、宇宙空間のようであり、顕微鏡が捉えた原子の世界のようでもポロックの絵画のようでもある。だが、決して加工された映像でないことは、人や魚が一緒に泳いでいることからも明白だ。

 洞窟に怪物のような鳴き声が響き、水底に沈む人骨が映し出される本作は、時にホラー映画の様相も呈するが、これは時間と記憶をめぐる映画だろう。クローズアップの顔のシワと水中撮影の浮遊感、光と陰、静と動の強烈なコントラストが素晴らしい。いまだかつて味わったことのない映像体験で、まさに映画の酩酊状態へと我々を誘う。★★★★★(外山真也)

監督・撮影・編集:小田香

9月19日(土)から全国順次公開

© 一般社団法人共同通信社