地道な脱獄計画 in アパルトヘイト下の南ア!
ハードな社会派の一本だ。『プリズン・エスケープ 脱出への10の鍵』の舞台は1978年の南アフリカ。当時、アパルトヘイト(人種隔離政策)によって世界から孤立していた国である。
ネルソン・マンデラも投獄されていたこの時期、反アパルトヘイト活動に身を投じた2人の白人の若者が逮捕される。“チラシ爆弾”で政治的メッセージをばら撒いた罪だ。ダニエル・ラドクリフ演じる主犯ティムは懲役12年、その盟友スティーブンは8年。本作は実話がベースになっている。
刑務所に入ってすぐ、いやその前から2人は脱獄を決意する。刑務所に入って何もしないんじゃファシストに屈服したも同然だ、と。いかにも若者らしい血気盛んなところを見せるティムとスティーブン。一方で、とにかく刑期に耐えてチャンスを待とうとする仲間デニスもいる。演じるのはイアン・ハート。もともとサム・ニールの予定だったというデニスの“大人の強さと弱さ”を、ハートは繊細に表現している。
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ティムたちにしても、たとえば『大脱走』(1963年)のスティーヴ・マックィーンのように颯爽としているわけではない。看守の機嫌を損ねないようにしながら日々をやり過ごし、その中で脱獄の計画を進めていく。
いつまでもこんなところにいられるか! ラドクリフだからこそのスリル
主演のラドクリフは、映画の冒頭ではいかにも線が細いように見える。“反アパルトヘイトの闘士”って感じじゃないなと。役柄的にメガネをしているので、そのことでついハリポタ感が出てしまうというか。まあこっちが勝手に感じているわけだが。
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しかし獄中の場面になると、その線の細さが生きてくる。弱いからこそ“こんなところに長くいられない。絶対に逃げ出すんだ”という気持ちにシンクロできるのである。
脱獄の方法は、いくつもの扉を開く鍵を偽造すること。木工所の木の破片を使い、鍵穴を調べ、看守が持つ鍵を盗み見して形状を頭に叩き込む。少しずつ少しずつ、気が遠くなるような細かい作業を重ねての脱獄計画だ。その年月の重さをうまく表現しているとは言い難い。また本作は、この手の映画に欠かせない“脱獄の動機づけ”が弱くもある。
しかし、それを補うのがラドクリフのたたずまいであり、脱獄を進める光景のスリリングな描写だ。いや、描かれているのは“見つかったらヤバい!”という定番のハラハラドキドキではあるのだが、その描写が巧みでグイグイ引き込まれる。それにラドクリフが脱走に失敗して独房にでも入れられたら、そこでもう終わりだろうという感じなのだ。ティムにはヒルツ大尉やパピヨンのようなタフさはなく、そこがこの映画の緊張感を高めている。
看守の残酷度も低め。しかしそこは実話ベースだし、何よりアパルトヘイトという理不尽への怒りそのものが映画の原動力にもなる。メチャクチャ新しい映画とは言わない。けれどスリルたっぷり、手に汗じっとりで、『プリズン・エスケープ』の満足度はかなり高いのである。
文:橋本宗洋
『プリズン・エスケープ 脱出への10の鍵』は2020年9月18日(金)よりシネマート新宿、ユナイテッド・シネマ豊洲ほか全国順次公開