ル・マン24時間:一貴、可夢偉が直前の心境語る。”短期決戦”は「走り出しが重要」

 9月19〜20日に決勝が行なわれるWEC世界耐久選手権2019/20シーズン第7戦、第88回ル・マン24時間レースにトヨタGAZOO Racingより出場する中嶋一貴、小林可夢偉、そして村田久武チーム代表が、走行開始前日となる16日、現地からのリモートによるメディア向けグループインタビューでレース直前の心境を語った。

 2018年、2019年のル・マン24時間を8号車TS050ハイブリッド(セバスチャン・ブエミ/中嶋一貴/フェルナンド・アロンソ)で2連覇しているトヨタ。2019年8月末に始まった2019/20シーズンは、アロンソに代わってブレンドン・ハートレーを8号車に迎え入れた。

 一方の7号車はマイク・コンウェイ/小林可夢偉/ホセ・マリア・ロペスという不動の組み合わせ。とくに昨年のル・マンでは終盤まで首位を快走していながらも勝利を逃しており、「次こそは自分たちが」という思いを抱えてこの15カ月を過ごしてきたはずだ。

 9月13日に34歳の誕生日を迎えたばかりの可夢偉は、「ちょうどル・マンへの移動で誕生日が潰れてしまって、お祝いなんて何もしてなくて。ル・マンで勝ってから、自分でお祝いしたいです。いい誕生日にできるかどうかは自分次第ですね」と語る。

 新型コロナウイルスの影響で無観客で行なわれることになった今回のル・マンだが、トヨタはファクトリーを出る前のチーム全員のPCR検査や、7号車と8号車クルーの接触回避、外食の禁止などの感染対策を採っている。

 さらに可夢偉は個人としても相当に気を引き締めて行動しているようで、基本的にはル・マンに入ってからも「食事もルームサービスやチームのケータリングにして、ずっとホテル。もう、ストレスはすごいたまってます」という。

「ジムとかも一切行ってないし、身体も動かしてないから。ジムで感染したら嫌じゃないですか。それをやってコンマ1秒が稼げるとは思わないから、それよりも『出られない』っていう最悪の状況を回避したくて」

「今週も(レース前に)PCR検査があるみたいで、それでポジティプ(陽性)が出たら終わりなんで。身体を仕上げるっていうよりも、とにかく感染しないように気をつけています」

 ル・マンに入ってからは、チームメイトと自転車でコースの下見に出たが、そこでは今回のスケジュールならではの発見があったという。

「テストデーもないから突然コースを作った感じがあって、コース上にでっかいボルトとか落ちてたりするんですよ。危ないコースだなって改めて思いました。下見と同時にコース清掃もしてきましたよ」

 可夢偉も言うように今年はレース2週間前のテストデーがなく、走行初日となる木曜日に3つのフリープラクティスと予選、計10時間45分もの走行でル・マンウイークが幕を開ける。

 そこでは「走り出しが重要になる」と可夢偉。

「いつもはテストデーがダメでも『レースまでに仕上げればいい』という感じだけど、今年は走り出しからそこそこクルマが良くないとまずい。だから念入りにいろいろミーティングをして、いままでの経験をまとめながらセットアップを考えています」

「一応、2台とも同じような方向のセットアップで走り出すみたいなので、そこから自分たちのクルマがどういう方向にいくか、しっかりとレースを考えてセットアップをしてきたいと思っています」

 なお、事前のシミュレーションによると、17年に可夢偉自身がマークした予選コースレコード(3分14秒791)を更新するのは難しいようだ。3分16秒程度しか出なかったという。9月に行なわれることで温度条件などが6月より良いかと思いきや、そうでもないようだ。

「微妙ですね。まず温度が思ったよりも高い。ということはダウンフォースも減るし、エンジンもそれほど回らないと思う。(各クラス上位6台が進出の)ハイパーポールで台数は減るけど、GT(のトラフィック)はいますし、これも正直、運次第かな」

「ル・マンで一番大事なのは、路面コンディションなんですよ。いつもなら何日も走行があって路面が仕上がっていくけど、それがどう影響するのか。走行時間の長さはそれほど変わらないかもしれませんが、1日だけですからね。それがちょっと読めないです」

■中嶋一貴が語る7号車への率直な思いと、勝利へのプレッシャー

 一方、3連覇を目指す一貴も、走り出しからの走行プログラムを気にしている。前戦スパから投入されているローダウンフォースのエアロパッケージがル・マンでも正しく機能するかどうか、その確認が走行初日の最重要課題だという。

「空力のパッケージが変わったことで、まだ100%(マシンを)つかみ切れていないところがあります。ル・マンでどうかは走らせないと分からないところがあるので、明日(木曜)はそれをしっかり見極めたいところです」

「プラス、残った時間で(ハイブリッド)システムのブーストや燃料カットなどを詰めていく必要があります。そういう細かいところ、小さい積み重ねが1周回ってくると大きい差になるサーキットですが、時間が限られているとできることも限られてくる。その分、事前の準備にはいままで以上に時間をかけてきました」

 今年は木曜から金曜の午前中にかけてハードなスケジュールが続くが「コースの状況もどんどん良くなっていくと思うので、あまりドライバーのコンディションばかりを優先して時間を“振り分けすぎる”のも良くないので、(各人が乗る際の)コンディションにばらつきが出ないよう、プログラムを振り分けていくと思います」という。

 昨年のレースを受けて、世の中や周囲になんとなく漂う「7号車に勝たせてあげたい」という雰囲気について尋ねられた一貴は「そう思うのが人間だと思います。僕もそう思わなくはないですし……」と彼らしく素直な心情を吐露した。

「ただ走っている以上は『どうぞ』ともいかない立場ですしね。いつもそうですが、勝つ・勝たないっていうのは自分のできる範疇で決まらないことが多々あるので、自分の仕事をしっかりしなくては、という気持ちの方が強いです」

「気持ちの面は、去年とあまり変わらないかもしれないです。チャンピオンシップとしては、ここで勝たないといけない。勝っても厳しいくらいなので、勝ちたい気持ちは変わらない。それが変わらない以上、かかるプレッシャーも変わりません」

ハードスケジュールではあるものの「ル・マンはそれほどフィジカル的にきついコースではない。それよりは精神的な部分の方が大きいと思います」と一貴。

■欧州を襲う熱波の影響と、気になる天候

 チームを率いる村田久武代表は「新型コロナへの対策をヨーロッパではすごくやっていて、昨日もACOの人と話しましたが、何がなんでも100年の歴史を途絶えさせないという覚悟、『歴史をつないでいかないと』という気持ちを感じています。観客がいないのは寂しいですが、開催してくれたことには感謝をしないといけません」と語る。

 今回トヨタGAZOO Racingでは当然ながらさまざまな感染対策を講じてきている。前述した全員のPCR検査などに加え、サーキットでも例年とは異なるプロトコルが実施されているという。

 通常、ヨーロッパのサーキットではパドックに並べたトラックのなかに一堂に会して作業にあたるエンジニアリングスタッフを、「今年は機能と号車に分け、たとえばピット2階のVIPルームだったところにもサポートスタッフが割り振られるなど、いろんな場所に分散して作業しようとしています」と村田代表。

 このほかマスク着用はもちろんのこと「メカニックも時差出勤にして、接触する機会をできるだけ減らしている」とのことだ。

 そんな村田代表がル・マンに入って一番驚いたのは「暑さ」だという。

「アフリカからヨーロッパへと熱波が流れ込んでいるらしく、34、35度とかになっています。過去、ル・マンは寒いというイメージが強かったので、こんなに暑いのは初めてだなと、若干驚いています」

「昔は夜の気温が下がったときにタイヤで苦労していたのですが、日程が(通常の年と)違っても、意外と気温が高いというのが、大きく(予想と)違うところですかね」

 一貴も「予報では夜もそれほど気温が下がらないみたいです。逆に昼間にあまり気温が上がるようだと、一番硬いタイヤの投入も視野に入れなければいけない」と語っていた。

 そして村田氏は暑さに加え、週末の天候の不安定さを懸念材料として挙げる。

「土日の天候が相当不順なようで、雨だけでなくサンダーストームの予報もある。スタートは晴れているけど、そのあと雨という話もあり、過去に雨ではクラッシュや巻き添え事故などもありましたので、そこを心配しています」

「いつもは何日かかけて路面が綺麗になって、その後にラバーがのるけど、今年は掃除しながらラバーが乗る、すなわち不安定な路面にしかならないので、そこに雨が降ったら大変かなと思います」

 3連覇を目指すトヨタにとって、暑さと不順な天候は味方となるか、敵となるか。注目の走行初日FP1は、現地時間17日木曜10時(日本時間17時)に開始される。

新たに設定されたル・マン向けのEoTに関しては「走ってみなければ分かりません」と村田代表。今回はTS050ハイブリッドにとっての「ラスト・ル・マン 」となる。

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