野上農相、バスケで全国大会出場 参院落選も経験し一回り成長

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インターハイの開会式で入場行進をする野上さん(中央)=1985年、石川県

 野上浩太郎さんが農相として初入閣が決まった16日、富山県内の支持者や高校時代の同級生らには喜びが広がった。落選を経験して一回り成長したという声や実直な仕事ぶりへの評価、冗談を交えて気配りをする優しさ-。周囲の人たちは、野上さんの半生を振り返りながら国政での活躍を祈った。

 野上さんは、県議と衆院議員をそれぞれ2期務めた父、徹さんが地域のために汗をかく姿を見て育ち、小学生の頃に政治家を志した。1999年に県議に初当選。当時、議席が隣だったという同期の上田英俊県議会議長(55)は「大臣就任は感慨深い」と語った。

 2001年に参院選に挑み、34歳の若さで国政の舞台に立った。07年参院選で落選したが、10年の参院選で再び当選。国政復帰後は参院委員長、副大臣、官房副長官と着実にステップアップ。後援会長の高田順一さん(阪神化成工業社長)は「落選のつらい経験を通して人間的に成長した」と話し、エールを送った。

 実直に仕事に向き合う姿勢は、政府・与党内からも信頼を集める。北陸銀行頭取や富山商工会議所会頭を務めた富山高校の犬島伸一郎同窓会長(80)は、「真面目で手堅い印象。見えを張ることもなく、本当に素朴な人だ」と評した。

 大学生の長女と高校生の次女、中学生の長男の父。東京と富山を行き来する生活で家族との時間は取りにくいが、子どもたちからの贈り物を大切にするなど優しい父親の顔をのぞかせる。富山の自宅前で長男とキャッチボールをする姿を目にしたことがある後援会の多賀てる子さん(富山市下堀)は「思いやりがあって家族思い」と目を細めた。

 富山高校ではバスケットボール部に所属。2年連続でインターハイに出場し、主将も務めた。同級生で副主将だった十二町亨さん(53)=さいたま市=は「エースで人望があり、常に全体に目を配っていた」と振り返る。試合前には緊張するチームメートを冗談で和ませることもあった。

 精神論にとらわれず、新しい練習法やアイデアを積極的に取り入れた。1年生だけで行っていた練習前の掃除を「早く終わらせて練習時間を増やそう」と全員参加に変更。練習中には松田聖子さんの曲を流し、モチベーションを上げた。十二町さんは「菅首相が打ち出す改革路線には適任だ」と期待する。

入閣の電話を待つ間に他の電話が鳴り、思わず笑顔を見せる野上さん =16日午後3時36分、参院議員会館