宇宙望遠鏡の観測データから描き出す「オリオンの谷」への旅

ハッブルスピッツァーという2つの宇宙望遠鏡によるオリオン大星雲の観測データをもとに、星雲の中心部にある「トラペジウム」と呼ばれる散開星団まで3次元的に迫っていく動画がNASAのジェット推進研究所(JPL)から公開されています。観測対象となっているのは地球から約1500光年先にある「星のゆりかご」とも言うべきオリオン大星雲の星形成領域です。動画はハッブル宇宙望遠鏡による可視光の観測データ、スピッツァーによる赤外線の観測データを使用して作られており、アメリカの宇宙望遠鏡科学研究所(STScI)でデータを動画として可視化するのをリードしてきた科学者のFrank Summers氏は「星雲の中を3次元で飛行することにより、宇宙がどのようになっているのかを感覚としてずっと良くつかむことができます」と説明しています。

動画ではまず、オリオン座の三ツ星の下に見えるオリオン大星雲に迫っていきます。オリオン大星雲は非常に明るく、肉眼でもぼんやりとその姿を見ることができます。オリオン大星雲は形成されてからまだ200万年ほどしかたっておらず、若い星々やまさに誕生しようとしている星を研究するには理想的な「実験室」です。そこにハッブル宇宙望遠鏡による可視光の観測データとスピッツァーによる赤外線の観測データを重ね合わせ、「オリオンの谷」へと入り込んでいきます。

ハッブルとスピッツァーによるオリオン大星雲の画像。Credit: NASA, JPL

ハッブルが捉えるのは温度にして数千度の物質から出る光を捉えますが、スピッツァーは数百度のあたりに感度を持ち、ダストに埋もれている星や比較的軽い星からの光を捉えることができます。これらのデータをもとに作られた3次元モデルの映像は実際に「現地」から見たものではないとはいえ非常に印象的です。星雲の中心部を抜けていくと、そこには新しく生まれた星や、まさに星が誕生しようとする現場である原始惑星系円盤も見えてきます。これらの周囲では、水素分子やダストが入り混じった雲が重たい星々からの強力な紫外線放射や恒星風で切り崩されたように空洞を作っており、これが谷のように見えているのです。

ハッブルとスピッツァーの観測データをもとに作られた「オリオンの谷」の3次元モデル。Credit: NASA, JPL

このような可視化は天文学における新しい成果の1つと言うことができます。そこで何が起こっているかを厳密に理解するには理論や数式が必要ですし、この動画を作るために数千万ものガスの要素などを扱う特別なプログラムが作られていますが、3次元での動画は直感を得るのに役立ちます。また、多波長の観測による天文学がどのように行われているのか、なぜ複数の波長で観測を行うのかを理解する助けにもなり、専門家以外の人々にとっても有用なものになるでしょう。「現地」から見たものではないと書きましたが、赤外線は人間の目に見えないため逆に近くまで行けたとしてもこの映像を見ることはできません。天文学と可視化の技術の連携で生まれた迫力の映像をぜひ見てみてください。

Visualization Credit: NASA, ESA, F. Summers, G. Bacon, Z. Levay, J. DePasquale, L. Frattare, M. Robberto, M. Gennaro (STScI) and R. Hurt (Caltech/IPAC)
Source: NASA, JPL
文/北越康敬

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